群馬県渋川市(旧子持村)

*参考資料 『日本城郭体系』 『関東地方の中世城館』(東洋書林)

*参考サイト  城逢人   土の城への衝動

井熊の砦(渋川市上白井1921)

 井熊の砦は、利根川が蛇行する部分に祭られている神明社のある場所にあった。現状は神社境内と畑地である。この部分は周囲が断崖に囲まれていてなかなかの要害地形である。方100mほどの部分を独立させるために、台地続きの南側と西側に堀が掘られていたらしい。

ラフ図の作成に際しては山崎一氏の図と古い航空写真を参考にした。

 この神明社は地図にも載っているので、これを目指していけば城址にはすぐに到達できる。

 神社にまっすぐに向かう道は南側の堀切だったようで、東端に行くにしたがって切通し状になっていく。

 山崎一氏の図を見ると、西側の堀は北側先端近くの部分がクランクして横矢をかける構造になっていたようであるが、虎口に対して横矢をかけるような曲がり方をしていないので、これは横矢の折れではなく、地形なりに掘られていただけのものなのかもしれない。いずれにせよ、西側の堀に関しては、宅地と畑地になってしまったため、完全湮滅してしまっているので、旧状は不明である。

 郭内部は長軸100mほどで、砦としてはちょうどまとまりのよい空間である。神明社の脇には神社に関する石碑が建てられているが、ここには井熊砦に関する説明も書かれている。それによると、井熊砦の城主は荒木主水祐で、井熊砦は白井城の出城の1つであったという。廃城後も荒木氏の子孫は当地に住み、神明社を守り続けているのだという。










神明社前の通路はもともと堀切であったと思われる。









































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