群馬県太田市(旧尾島町)

*参考資料 『日本城郭体系』 『関東地方の中世城館』(東洋書林)

*参考サイト 城逢人 

岩松陣屋・船田館(太田市尾島町世良田)

 西部運動公園の西側が岩松陣屋の跡で、現在も水堀の跡が残されている。また、その東南200mほどの所に船田館があった。高遠には広い駐車場があるので、ここに車を停めさせていただいて散策するのがよいであろう。

 岩松陣屋は、新田一族で有力者であった岩松氏の居館であった。だいぶ埋め立てられてはいるが、東側から北側にかけて回り込んでいる水田は、明らかにかつての堀の跡であったと思われる。岩松氏の巨漢としては岩松館もあるが、いつの時代か、居館を移したのであろうか。

 船田館も、宅地化で遺構のほとんどを失ってしまっているが、部分的には、堀跡と思われる地形を残している。どこかに「船田入道善昌邸址」という碑が建っているらしいのだが、今回は確認していない。

 船田善昌は新田義貞の有力な家臣であり、義貞にしたがって各地を転戦し、建武3年(1336)、上洛してきた足利尊氏の軍勢と戦って戦死した人物である。

















岩松陣屋の堀の跡。水田となっている。 船田館の堀跡らしく見える地形であるが、実際の所、どうなのかよく分からない。














































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