群馬県沼田市

*参考資料 『日本城郭体系』 『関東地方の中世城館』(東洋書林) 

*参考サイト  城館探訪記

 

高王山城(沼田市石墨高王山)

*鳥瞰図の作成に際しては、『日本城郭体系』 『関東地方の中世城館』を参考にした。

 沼田市街から北方を遠望してみるtと、戸神山の高く鋭い威容がいやでも目に入ってくる。この戸神山の西方奥に、戸神山ほどではないが、やはり高い山容があるのが見えている。これが高王山である。つまり市街地からは、戸神山と王山の2つの峰が目立ってそびえているということになる。山麓からの比高は300mほどもある(標高は766mである)。

 高王城は、天正9年の沼田氏による沼田城奪還作戦の際に、その沼田氏が拠点としたところだというので、歴史的に見てもなかなか重要な城である。だから、機会があれば訪れてみたいと思っていたのだが、何しろ随分高い山なので二の足を踏んでいた。

 ところが地形図を見てみると、結構上の方まで行ける車道が付いているようである。この道の終点まで行ければ、後は山頂まで比高90mほどにすぎない。それならけっこう簡単に上れる。それなら行ってみよう! ということで沼田に来た行きがけの駄賃に、この山城に立ち寄ってみることにした。

 山への林道の入り口は北側のこの地点辺りにある。入口には「高王山展望駐車場」と書かれた目立つ看板があるので、すぐに分かる。それにしても「展望駐車場」とは面白い名称だ。車に乗ったまま景色を眺望できる駐車場ということなのであろうか。いずれにせよ、展望駐車場とまで謳っているのだから、車で行けることには間違いない。さっそく進んでみた。

 この林道は、未舗装の砂利道であった。だから舗装路に慣れた人にとってはちょっと運転しづらいかもしれない。だが現在のところ、それほど荒れてはいない。道幅も十分にあるので対向車が来ても心配はない。あまり飛ばしすぎさえしなければ普通に運転できる道である。

 この砂利道をガタゴト走っていくと、やがて駐車場のところに出た。意外と広い駐車場で、シーズンには結構多くの人が訪れるのであろうか。ただし展望はそれほど利いていなかった。

 ここから、王山と戸神山への案内が出ている。王山へは400mと距離が表示された案内である。実際に歩いてみた感想としては、この距離はだいたい正確であったという印象である。もっとも400mとはいえ比高90mを登っていくので、けっこうきついことは事実である。しかし、山道はきちんと整備されており、気候がよければハイキングにはもってこいの場所である。ただ、この山に限ったことではないのだが、「クマに注意」の案内が出ているので、一応気を付けた方がよいだろう。

 たまたま高王山から下りてきた人がいたので、「王山山頂まではどのくらいですか?」と尋ねると「10分!」という答えが返ってきた。ちなみに「戸神山までは30分、戸神山の方が眺望がいいから、どうせ登るのならそっちがお勧めだよ」と言われる。しかし、戸神山には城址はないので、そちらに登る気は毛頭ないのであった。

 さて、整備された山道を登ると、確かに10分くらいで山頂が見えてきた。林道で比高差を稼いだだけあって、思ったよりも早く城址に到達できたのであった。

 山頂の主郭は長軸30mほどの楕円形をしている。そのうち東側半分くらいには土塁が盛られていた。また、内部には携帯のアンテナが立てられている。

 後は地形なりに各方向に腰曲輪を造成している。1つ1つの大きさはそれほどではないが、わりとたくさんあるので、それなりの人員を収容することができそうである。

 1郭から北側にちょっと低いところに2郭があり、その下に3郭がある。大きな郭はここまでくらいであろうか。しかし、そこからけっこう降ったところにも帯曲輪状のものが配置されている。少しの地形でも利用して郭を造成しようとした苦労が理解できる。

 1郭から北側にも3段の腰曲輪が造成されている。そのうち、一番下のものはけっこうな広さがある。そしてそのさらに下にも帯曲輪が造成されている。

 西側は、1郭よりも20mほど下に腰曲輪を造成している。曲輪内部は1段構造ではなく複雑に段が入り乱れているが、なんらかの防御的意図があってこうしているのか、単純に地形なりになっているだけなのかは不明。

 高王山城は、高所の山城としては、かなりきちんと造成されている城である。これだけの高所の山城を攻めるのには並大抵でない努力が必要となる。防御的にはそれでよいのだが、籠城する側もここまで来るだけで大変なことである。それに水はどうしていたのであろうか。城内には水の手がなさそうであるが、これがなければ、長期間の籠城はおぼつかないであろう。 

高王山の遠望。ここからの比高は300mほどある。 展望駐車場の入口。目立つ案内板が立てられている。ただしここからの山道は未舗装である。
駐車場に車を停めて歩き出す。高王山山頂までは400mだ。ただし、比高差が90mほどある。 1郭から2つ手前の郭。
1郭手前の郭と1郭城塁。 1郭内部には土塁が廻らされている。
2郭内部。 2郭から見た1郭城塁。
2郭城塁。 3郭のさらに下には帯状の曲輪が造成されている。
6郭。けっこう広い。帯曲輪はこの下まで続いている。 西側下方の腰曲輪。




貝野瀬屋敷(昭和村貝野瀬城ノ内)

*鳥瞰図の作成に際しては『関東地方の中世城館』(東洋書林)の図を参考にした。

 片品川に架かる橋の付近を城ノ内と言い、川龍寺や武尊神社がある。この辺りが屋敷跡であったかと思われる。

 といっても、明確な遺構は存在しないので、どのような城館であったのかは不明である。神社の下や寺院の下が、そこそこの土手になっているので、土手の上の平場が郭であったと見るのが自然に思われる。

 山崎氏の図を見ると、川縁の下部の部分に「城ノ内」と記してあるので、あるいは川の段丘縁部に築かれていたのかの知れない。

 いずれにせよ、詳しいことはよく分からない。















武尊神社の土手。この辺りに城館があった可能性が高い。





































大竹屋旅館