佐屋街道



荒子観音 馬嶋明眼院道標 神守一里塚 津島神社



佐屋街道
東海道宮宿と桑名宿の間は、七里の渡し(宮の渡し)と呼ばれる海上航路でした。 しかし、七里の渡しは海が荒れることにより度々欠航し、旅人を悩ませました。また長時間の船の移動による船酔いを嫌う旅人もいました。 そのような旅人は宮宿から陸路で佐屋に向かい、佐屋から三里の渡しで川を下って桑名宿に向かいました。 この迂回路は、3代将軍徳川家光が利用したことを契機に「佐屋街道」として本格的に整備されました。 佐屋街道は、東海道、中山道などの五街道に準じる脇街道として位置付けられ、道中奉行も置かれました。 宿場町も岩塚宿、万場宿、神守宿、佐屋宿の4宿が整備され、一里塚も築かれました。 佐屋街道は、徳川家光の他にも、西国大名が参勤交代の際に利用したり、松尾芭蕉、滝沢馬琴、明治天皇などが利用しました。


< 佐屋街道の旅へ >

東海道 佐屋街道 東海道


宿


宿


宿


宿

宿

佐屋街道の地図

東海道編へ戻る