【東海道53次・京方面15日目】 :大津駅〜京都駅(10.5km)

W15.京師三條大橋  (現在の京都府京都市)


東海道53次京の浮世絵  (広重『東海道五拾三次大尾 京師』より)

長かった東海道53次歩き旅もこの日が最終日となります。残り10.5kmとはいえ、2つの峠越えがある難コースになります。 実家から朝5時半の始発電車でJR大津駅まで移動し、東海道を歩き始めます。

まずは滋賀県と京都府の県境となる逢坂山を越えます。 夏の日差しが照りつける中、滴る汗を拭きつつ、長い坂を上ります。

道脇には東海道の名残として常夜灯が立っています。 暗い夜に峠越えをする旅人にとって、この常夜灯はさぞかし心強い存在であったことでしょう。 常夜灯を過ぎたら、頂上までもう一踏ん張りです。

486km  常夜灯

逢坂山は、古来から畿内と東国を結ぶ交通の要所であり、逢坂山頂上付近には逢坂関とよばれる関所が設置されていました。 車などの便利な交通手段がなかった古代には、逢坂山を越えて東国へ旅立つことは大変な苦難を伴い、それ故、逢坂関を詠んだ歌が多く残されています。 なかでも蝉丸の詠んだ「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」は有名で、 逢坂山を歩いていると、あちこちで蝉丸の句碑を見かけます。 関所跡付近は、近年になって逢坂の関記念公園として整備されて、記念碑、常夜灯、休憩所などが設置されています。
逢坂関を過ぎると一気に坂を下ります。国道脇の細い道を少し歩いた後、歩道橋を渡って再び国道1号へと出ます。 ここでも蝉丸の和歌を記した看板を見かけました。

記念碑  歩道橋

江戸時代、京都〜大津間の東海道は、米などを運搬する牛車の往来が盛んでした。 そこで、車輪が地面にめり込まないよう、車石と呼ばれる溝の掘られた石を京都〜大津間約12kmに敷き詰め、 そのレールの上を牛車を走らせていました。いまでは車石は道から取り外されましたが、あちこちで車石を見かけることができます。

車石  絵

国道を横切り、京都市山科区に入ります。このあたりはJR山科駅前の交通量の多い道なので、歩くときには注意が必要です。 道沿いにはあちこちにお地蔵さんを見かけることができ、この道が東海道であったことが伺えます。

京都市突入  お地蔵さん

JR東海道本線の線路を潜ると左手の細い道に入ります。 ここは道幅がとても狭く、東海道の看板もなく、現在の京都に向かう主要道路とは異なる方向へ進む道であるため、「この道で正しいの?」と不安になります。 しかし、よく見ると、いくつかの民家の軒先に車石らしき石が無造作に置かれているなど、東海道の名残が確認できます。

旧道  車石

都があった京都盆地と山科盆地の境となる日ノ岡峠を越えます(左下写真)。これが東海道で最後の峠越えとなります。 結構急な登り坂を汗を流し息を切らして登ると、いかにも旧道らしい静かな道となります。

日ノ岡峠  旧道

しばらくすると三条通(府道143号)に合流します。合流地点には車石と荷車が置かれた休憩場所があります。 あとは終着地となる三条大橋目指して三条通を一気に下ります。蹴上付近(右下写真)まで来ると、遠方に京都市街地が見えてきます。 ようやくここまで辿り着いたか、という気分です。

合流地点  蹴上

信号待ちの際、ふと横を見たら、遠くに赤い鳥居が見えました。平安神宮です。地図で見ると、現在地から平安神宮まではちょっと距離があります。 このまま三条大橋を目指すか、それとも猛暑の中寄り道するか、少し悩んだのですが、せっかくなので寄り道してみることにしました。

鳥居  平安神宮

京都市街地に入ると、どことなく古都らしい町並みとなってきます。白川に架かる白川橋の袂には京都市に現存する最古の道標があります(右下写真)。 道標には「是よりひだり ち於んゐんぎおんきよ水みち」と刻まれています。 ここを左折すると知恩院、祇園、清水寺に向かう道です、という意味になります。 この白川橋を渡ると三条大橋はもうすぐです。

町屋  白川橋

ついに、ついに、およそ500kmにおよぶ東海道の終着地、京都三条大橋に到着です。 三条大橋の西詰めには、弥次喜多像があり、東海道を歩き切った旅人を出迎えてくれます。

この日は2012年7月下旬。 振り返れば、初めて東海道(宮宿→有松)を歩いたのが2007年7月中旬のことですので、およそ5年もかけた本当に長旅でした。 旅路では、暑さ寒さに苦しんだり、足の裏に水膨れが出来たり、抗がん剤の副作用にダウンしたり、がんが再発したり・・・色々と苦労もありました。 現代では、東京〜京都は、新幹線や高速道路を使えば、短時間で移動できる距離です。 しかし、東海道を自分の足で歩くことで、各地で色々な景色を見て、食べて、地元の人と会話し、とても良い経験ができたと思います。

三條大橋  弥次喜多

ちなみに、京都は僕が大学時代を過ごした場所です。ゴール後に大学研究室の先輩・後輩とお食事をご一緒させていただきました。 「この次は何をする予定なの?」と訊かれました。まだ今後のことは決めてませんが、またどこかを歩いてみたいと思います。

お読みいただきまして、ありがとうございました。(完)


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