【東海道53次・京方面11日目のつづき】 :石部駅〜南草津駅(11.5km)

W13.草津宿  (現在の滋賀県草津市)


東海道53次草津宿の浮世絵  (広重『東海道五拾三次之内 草津』より)

廃川となった草津川を渡り、火袋付きの道標を眺めて、草津宿の宿場内へと入ります。

火袋付きの道標

草津宿は、JR草津駅前の商店街と化しているために近代化が進んでいますが、それでも所々に宿場町の雰囲気を残しています。
左下の写真は、「ばったん床几」(ばったんしょうぎ)とよばれる昔の折り畳み式長椅子。 普段は写真のように収納されているのですが、必要なときには手前に倒して長椅子にして使います。 旅人などが腰を下ろして休憩したり、商品の陳列棚に使用したりされたそうです。

ばったん床几  格子戸

ここが、東海道と中山道の合流地点になります。 日本橋から別々のルートを辿ってきた東海道と中山道は、ここで合流し、この後は同じ道を辿って京都へ向かうこととなります。
合流地点には火袋付きの追分道標が立っています。文化13年(1816年)に全国各地の問屋の寄進により設置されました。 道標には「右 東海道いせみち」「左 中仙道美のじ」と刻まれています。
この草津追分に立つのは中山道を歩いた時以来で、実に3年半振りになります。 この火袋付きの追分道標をもう一度見ることになるとは・・・、懐かしさが込み上げてきます。

東海道中山道合流地点  追分道標

草津宿には、本陣が現存しています。東海道五十三次で本陣が現存しているのは二川宿とここ草津宿だけです。 草津宿が東海道と中山道の合流地点だったためか、草津宿本陣はとても立派な建物になっています。建物内を見学しましたが、残念ながら撮影は禁止。

草津宿本陣

草津宿を抜けて大津宿へ向かうと、すぐに「右やばせ道 これより廿五丁 大津へ船わたし」と刻まれた道標があります。 この分岐点は、有名な格言「急がば廻れ」の語源になった場所です。 大津宿と草津宿は、直線距離だとそれほど遠くないのですが、間には琵琶湖があります。 ここを右折すると、矢橋湊(港)に至り、船で大津宿へと向かう近道となるのですが、 航路は、湖が荒れたり、風待ちをしていてなかなか大津に着かないこともあるので、 確実に大津宿に辿り着くには遠回りしてでも東海道を歩いた方が良い、ということが「急がば廻れ」の語源だそうです。

矢橋道追分

この日は南草津駅まで歩いて旅を終了。
帰りに草津宿名物「姥が餅」の老舗「うばがもちや」に立ち寄りました。 もともと東海道沿いに店舗があったのですが、現在では国道1号沿いに移転しています。 「姥が餅」は徳川家康も食べたと伝えられるそうで、江戸時代には街道を歩く多くの旅人に愛された銘菓です。

姥が餅屋  姥が餅

【東海道53次・京方面12日目】 :南草津駅〜石山駅(7.1km)

大津市は滋賀県の県庁所在地なので、街道沿いの風景は、大津宿へと近づくにつれて徐々に現代的な住宅地へと変わっていきます。 しかしながら、道幅は江戸時代そのままのような曲がりくねった細い道のままで、所々で蔵や格子窓の建物を見かけることも出来ます。

町並み  町並み

瀬田唐橋に到着です。瀬田唐橋は、琵琶湖から流れ出す唯一の川である瀬田川に架かる橋で、古代より交通の要所となった場所です。
中山道歩き旅で瀬田唐橋を渡ってから約3年半振りの再会です。 その時と同じ場所で記念撮影をして、同じように瀬田川を眺めながらお弁当を食べました。

瀬田唐橋  瀬田唐橋


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