【東海道53次・京方面5日目のつづき】 :加佐登駅〜亀山駅(9.9km)

W6.亀山宿  (現在の三重県亀山市)


東海道53次亀山宿の浮世絵 (広重『東海道五拾三次之内 亀山』より)

亀山宿へと歩を進めます。
そろそろ鈴鹿峠が迫ってきたためか、亀山宿への道は登り坂になっています。
この日は抗がん剤を飲んでいたので、坂道はちょっと身体がしんどいです。

坂を上る

こちらは、和田一里塚です。昭和59年の道幅拡張までは塚の一部が残っていたそうです。
現在の和田一里塚は復元された物ですが、昔からあったかのように立派に出来ています。

和田一里塚

随分歩いた末に、ようやく「従是西亀山宿」と書かれた看板を発見。文字通り、これより西は亀山宿になります。

これより亀山宿

所々に古い建物が残っています。家々には昔の屋号が掲げられています。

古民家  屋号

お城のようなお店を発見。

店舗

宿場の中心地だった東町は商店街になっています。残念ながら本陣跡、脇本陣跡は看板のみです。

商店街  脇本陣跡

宿場町中心地が商店街となっていたためガッカリしていたのですが、実は中心地を過ぎてからの西町の方が亀山宿の見所のようです。 昔の雰囲気が漂う家々が立ち並んで、宿場町らしい街並みとなっています。

町並み  町並み

亀山城址への道との交差点にある「東海道 亀山宿」の記念碑の前で記念撮影。
この日はここからJR亀山駅まで歩いて帰宅しました。

記念碑

【東海道53次・京方面6日目】 :亀山駅〜関駅(5.7km)


抗がん剤変更後、初の旅路へ
 前回の旅の後、抗がん剤治療をFOLFOXからFOLFIRIへと変更しました。FOLFILIの主な副作用は酷い下痢。 僕は再発手術の影響で非常に頑固な便秘であったため、下剤を服用しながら、さらに下痢になる抗がん剤をするという始末でした。 結局、初めてFOLFIRIをしたときには1日30回以上トイレに駆け込むこととなってしまいました。こんなに頻便ではさすがに歩き旅は出来ません。 下痢と便秘を繰り返しながら、何とか普通の生活を送れるように抗がん剤と下剤の量を調節すること2ヶ月。 長らく悩まされてきた血尿の原因となる尿管ステントも抜けて、ようやく旅を再開できることとなりました。


今回は、父親に車で亀山城まで送ってもらい、歩き旅をスタート。
亀山城のシンボル的存在である多聞櫓は高台にあるため、亀山市街地が一望できます。

亀山城  市街地眺望

多聞櫓のすぐ隣には蒸気機関車が展示してあります。

機関車

東海道に戻って歩き出します。
前回歩いた亀山宿の東町と同様に、西町にも所々に古い建物が残っています。

町並み  町並み

亀山宿京口門跡を見学していたら、すぐ隣にある梅巌寺の敷地にたくさんの祠を発見。
気になったので近くまで見に行ってみると、「第一番 紀伊國 那智山青岸渡寺」と書かれている。
その他、三井寺、石山寺などの名前が書かれた祠が…。
どうやら、ここは西国三十三所巡りが体験できる場所のようです。

境内  祠

なにやら前方に大きな木が見えてきました。

巨木

大きな木は、野村一里塚でした。
江戸時代から残っている一里塚で、樹齢400年の巨木です。

野村一里塚

分岐路に差し掛かりました。右に行くべきか、左に行くべきか…。
キョロキョロと周囲を見渡したら、ちょっと見付けにくいところに案内板がありました。
ここは左の急坂を下ります。

ここは左へ

交差点です。東海道は真っ直ぐ進むはずなのですが、肝心の渡る場所がありません。

行き止まり

ここは少し戻って、高架橋を渡ります。
前方には鈴鹿山脈がはっきりと見えます。
鈴鹿峠越えが間近に迫って来たなぁ〜。

高架渡る

桑名から京都を目指して歩き始めて以来、初めて東海道の旅人に出会いました。
このおじさんはかなりの健脚のようで、あっという間に追い抜かれてしまいました。
ちなみに正面に見えるのは東名阪自動車道。

東名阪自動車道

高速道路の下を潜ります。
トンネルの壁には東海道の説明書きと、この近くの宿場町の浮世絵が描かれています。

トンネル内部  トンネル内部


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