【姫街道7日目】 :遠鉄バス産業展示館東バス停〜西坂町バス停(8.7km)

6.見附追分  (現在の静岡県磐田市見附)


今回が姫街道歩き旅最終日になります。 前回の終了地点である天竜川河川敷から歩き始めます。 天竜川には天竜川橋と新天竜川橋が架かっていますが、天竜川橋は歩道が設置されておらず非常に危険なので、新天竜川橋を歩きます。 新天竜川橋は橋長912mの非常に長い橋です。橋の途中には、日本橋から250kmの表示があります。
見附宿は、京都から東海道を歩いてきた旅人が最初に富士山を見付ける宿場町だから「見附」と言われるようになったそうです。 この日は晴天。もしかしたら富士山が見えるかもと期待して天竜川を渡っていると、左前方に富士山を見付けることができました。

新天竜川橋  富士山

橋を渡り終えたら、池田の渡し場跡まで堤防上を北上します。 天竜川の水量によって渡し舟が出る位置が移動したため、渡し場には、下流から順に下之渡、中之渡および上之渡と3か所の渡し場がありました。 下之渡場があった場所には大きな石碑が立っています(左下写真)。 中之渡場は、下之渡場跡から約200m上流にある天白神社付近にありました(右下写真)。

下之渡場  中之渡場

さらに中之渡し場から約250m上流には上之渡場がありました。 上之渡場から市野宿方面を眺めると、市野宿がとても遠くに見え、天竜川の川幅の広さが実感できます。 上之渡場跡は、公園として整備されており、道路は石畳となっており、池田の渡しに関する説明板が設置されています。 上之渡場跡のすぐ近くには池田の渡し歴史風景館という無料資料館もあるのですが、この日は休館日でした。 ガラス越しに資料館内部を覗いてみると、池田の渡しに関する資料が展示してありました。 しかし、展示物まで遠くて、ちょっと良く読めない…。仕方なく先へと旅路を進みます。

市野方面  上之渡場

池田渡船場跡から見附追分までの姫街道は、池田近道と呼ばれ、 そのほとんどが消失してしまっていますが、一部には昔の街道が残っています。 一言坂手前には、いかにも旧街道らしい土道が残っています(右下写真)。 なお、この付近では武田信玄と徳川家康による合戦(一言坂の戦い)があったそうです。

街道風景  池田近道

一言坂を登るとかぶと塚公園があります。公園内には兜塚古墳と呼ばれる直径80mもの円墳があります。 かぶと塚公園を過ぎると姫街道は下り道になり、眼下には見附宿の町並みが見えてきます(左下写真)。 坂を下りきり、常夜燈を過ぎると姫街道の終点はもう間近です。

坂を下る  常夜燈

見附追分に到着です。左下写真は、見附追分を江戸方面から見た景色になります。 この場所が姫街道と東海道の分岐点になり、江戸へ向かう旅人はここから東海道を東へと歩くこととなります。

見附追分  記念撮影

全長約60kmにわたる姫街道歩き旅はこの場所で終了になります。 椿の本坂峠、みかん畑の引佐峠、石畳、松並木、常夜燈など、姫街道は実に見所満載の街道でした。(完)
東海道見附宿へ


back home