【姫街道3日目のつづき】 :名鉄豊川稲荷駅〜豊鉄自由が丘バス停(7.6km)

3.三ヶ日宿  (現在の静岡県浜松市北区三ヶ日町)


本坂峠を抜けたら、国道362号を横切り、細い旧道へ進みます。 何気なく周囲の景色を眺めながら歩いていたら、国道方面になにやら大きな案内地図と小屋を見かけました。 小屋には「峠乃茶屋」と書かれた看板が掛かっています。何だろう?と思って姫街道を離れて近づいてみたら、茶屋ではなくて、公衆トイレでした。 本坂峠にはトイレがなくて我慢の限界も近かったので、とても助かりました。 それにしても、峠にあるわけでもないしい、茶屋でもないのに、なぜ「峠乃茶屋」なんだ?

峠乃茶屋

再び、国道362号を横切り、細い旧道へと進みます。短い上り坂を登ると、本坂一里塚(左下写真)があります。 江戸日本橋から72番目の一里塚だそうで、現存する貴重な一里塚です。
三ヶ日町に入ってから、右下の写真のような小さな小屋を見かけます。 これは、秋葉灯籠とよばれる物で、中には常夜灯が入っています。 風で灯籠の火が消えるのを防ぐために、このような小屋に灯籠を入れているそうで、この地域では東海道沿いでもよく見かける形態の常夜灯です。

一里塚  灯籠

三ヶ日高校を通り過ると、釣橋川公園にはポケットパークがあります。 ベンチが置かれて休憩できるようになっており、姫街道の案内地図もあって、とても姫街道歩きをする旅人にはありがたい場所です。 また、8代将軍徳川吉宗に献上されたゾウも姫街道を通ったとのことで、そのことを記した看板もありました。

案内板  象の絵

三ヶ日宿の中心部に入ってきました。左下の写真は、三ヶ日宿本陣付近の町並みです。 本陣など三ヶ日宿の遺構はなくなっており、普通の町並みとなっています。
この日は三ヶ日宿最寄り駅となる天竜浜名湖鉄道三ヶ日駅から電車で帰る予定でしたが、天浜線はあまり電車の本数がないので、待ち時間が随分出来てしまいました。 地図で見ると猪鼻湖まですぐ近くなので、せっかくなので見に行きました。猪鼻湖は浜名湖の北西に接する湖になります。 鬱蒼とした本坂峠を歩いた後なので、広大な湖はとても新鮮で、長い距離を歩いてきたことをとても実感しました。

本陣付近  猪鼻湖

【姫街道4日目】 :天竜浜名湖鉄道三ヶ日駅〜気賀駅駅(10.8km)

約1年振りとなる姫街道。この日は三ヶ日駅から歩き出します。本坂峠と並ぶ姫街道の難所の一つとなる引佐峠(いなさとうげ)など複数の峠越えが待つコースとなります。 歩き出した時の天気は上々。左下写真は三ヶ日宿伝馬問屋場跡付近の町並み。街道沿いにある商店には、「三ヶ日宿 姫街道」の看板が掲げられていました。

問屋場付近  姫街道看板

三ヶ日の街を抜けて暫く歩いたら、途中で左折して旧道に入るはずなのですが、どこで左折して良いかがわからず困惑。 どうも迷子になってしまったようです・・・。 みかん収穫中の農家のおじいさん、おじさん方に姫街道の道筋を丁寧に教えてもらい、 見落としがちな小道へと入っていくと、徐々に旧街道らしい風景と変わっていきます。 畑に変わった高札場前を通り過ぎ、峠越えへと向かっていきます。

小道へ  高札場前

三ヶ日宿を離れると、まずは、江戸時代に難所と呼ばれた大里峠(おおりとうげ)を越えます。 ところで、三ヶ日といえば、三ヶ日みかんのブランド名で有名なみかんの産地です。 僕が歩いたのは、ちょうどみかんの収穫時期。一面のみかん畑を眺めながら、大里峠へと続く長い坂道を登っていきます。

みかん  みかん

大里峠を越えたら、次の引佐峠へと向かいます。人家はどんどん少なくなってきます。途中、イタチらしき小動物が突然目の前を横切りビックリ。 峠道で熊や猪にでも遭遇しないかとちょっと不安になります。 峠道の途中には大谷一里塚跡があります(右下写真)。江戸から数えて70番目の一里塚になるそうです。 江戸時代、一里塚には榎か松が植えてあったのですが、今では一面のみかん畑になっています。 途中で見かけた収穫作業中のおじいさんに声をかけて、100円でみかん8個を売ってもらいました。

鼬遭遇  大谷一里塚

みかん畑を抜けると、路面は石畳となり、鬱蒼とした森の中に入っていきます。 この日は天気予報は晴れだったのに、急に雲行きが怪しくなってきます。 雨具を持ってきていないのに、峠の中で雨に見舞われたら大変です。急ぎ足で石畳の坂道を登ります。 所々に姫街道の道案内板が設置されており、あまり迷わず歩くことができるので、とても助かります。

引佐峠道  引佐峠道

倒れかかった木や落ちた枝を避けながら、引佐峠を登ります。 峠頂上のすこし手前には、象鳴き坂と呼ばれる坂があり、特に険しい登り坂になります。(右下写真)

象鳴き坂
1729年(享保14年)広南国より献上される象が将軍お目見えのため、京都から江戸へ下る途次、船で渡る今切(浜名湖)をさけて姫街道を通った。 象は引佐峠の急な坂道で悲鳴をあげたので、村人はここを「象鳴き坂」と付けた。当時の書物によると象は牝であった。


荒れた道  象鳴き坂

やっと引佐峠の頂上に辿り着きました。標高200mなのですが、結構急な登り坂があり、とても疲れました。

引佐峠頂上  記念撮影



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