【姫街道1日目】 :東海道追分〜名鉄豊川稲荷駅(7.1km)

1.御油追分  (現在の愛知県豊川市御油町)


東海道と姫街道(本坂街道)の追分にやってきました。この追分にやってくるのは、東海道歩き旅をして以来、約3年半ぶりです。 右の道が東海道で、浜名湖の南側に向かい、新居の渡しを船で渡って江戸方面へと続く道になります。 一方、左の道が姫街道で、浜名湖の北側に向かい、峠を越えて、見附宿(現在の静岡県磐田市内)で東海道に合流します。 以前、この地を訪れたときには、大きな常夜灯と「姫街道」と書かれた看板があったのですが、 この日訪れてみると工事中で、常夜灯も看板もありません。 工事現場のおじさんに尋ねたら、道路の拡張工事の影響で、移動になったとのこと。 出発地点で記念撮影をしようと思ったのですが、残念。。。

東海道本坂街道追分

仕方がないので、以前、東海道を歩いたときに撮影した常夜灯と看板を代わりに掲載します。
さて、姫街道歩き旅スタートです。

追分常夜灯  姫街道看板

この追分のある辺りの地名は「国府(こう)」といいます。その名の通り、古代、この辺りに三河国の国府が置かれていたとされており、 現在でもあちこちで国府の名残をうかがい知ることが出来ます。
奈良時代、朝廷から派遣された国司は、国内の全ての神社に参拝する習わしになっていましたが、 交通手段の発達していなかった当時としては、その行事は難儀であったために、 国内の神社を全てまとめて祀った総社を造り、総社に参拝することで、国内の全ての神社に参拝したことに代えたそうです。 この三河総社には、三河の国の58の神社が祀られています。
なお、発掘調査により、この三河総社のすぐ近くに三河国府政庁が置かれていたことが確認されたそうです。

三河総社

姫街道から結構離れた場所になりますが、奈良時代には三河国分寺三河国分尼寺が置かれていました。 両寺院とも、奈良時代以降は衰退してしまったのですが、跡地には代わりのお寺が建っています。 現在の国分寺は、室町時代に再建された曹洞宗のお寺になります。境内にある梵鐘は平安時代の作と考えられており、 国の重要文化財に指定されています。
この地を歩いたのは2月末の週末だったのですが、とても暖かく、梅の花が満開になっていました。

国分寺跡  梅の花

近くにある国分尼寺にも立ち寄ることにしました。道端には菜の花が咲いていてきれいです。
国分尼寺跡には、近年になって当時の建物が一部再建されました。奈良時代の焼窯は性能がまだ悪く、どうしても焼きムラが出たそうで、 再建された国分尼寺の屋根にのっている瓦も、当時と同じように焼きムラのある瓦を使用しているそうです。

菜の花  国分尼寺

国分尼寺の隣には三河天平の里資料館があり、無料で見学できます。 資料館内には、国分寺や国分尼寺などの発掘調査で出土した品々が展示してあり、資料館の人が詳しく説明してくれました。 右下の写真は三河国分尼寺跡から出土した鬼瓦だそうですが、一般に知られている強面の鬼瓦とは違った独特のものになっています。

天平の里資料館  鬼瓦

姫街道に戻って、豊川市街地を目指します。豊川に来たら、やっぱり豊川稲荷に行かなくてはいけません。 参道ではキツネが道案内をしてくれます。 豊川稲荷は、商売繁盛の御利益があるとして東海地区では有名で、この日も多くの参拝客が訪れていました。

豊川稲荷へ行く  豊川稲荷本殿

豊川稲荷の見所の一つは霊狐塚です。看板に従って境内の奥へ奥へと歩いて行きます。 霊狐塚には1000体以上のキツネの石像が奉納されているそうです。なかなか圧巻の光景でした。

霊狐塚へ行く  霊狐塚

お昼ご飯は、当然「お稲荷さん」。

いなり寿司

この日は、豊鉄バスの和田辻バス停まで歩くつもりだったのですが、久々の歩き旅だったためか、足裏に水膨れが出来てしまい、断念。 日を改めて歩くことにしました。

【姫街道2日目】 :名鉄豊川稲荷駅〜豊橋鉄道自由が丘バス停(7.6km)

名鉄豊橋稲荷駅から歩き出します。 この日は嵩山まで歩くつもりなのですが、嵩山は交通の便が良くないので、今回は父親に車で送迎してもらうことにしました。
歩き出してすぐ、JR飯田線と姫街道が交わる「姫街道踏切」付近で、変わった外観の建物を見かけたので思わず写真を撮ってしまいました。 壁が百葉箱のように全面ルーパーになっていて、開閉できるようになっています。 あとで調べたら、この建物は線香店で、製造した線香を通気の良い状態で陰干しするためにこのような全面鎧戸にしてあるそうです。

線香店  全面鎧戸

菜の花畑の遠く向こう側に山脈が壁のようにそびえています。どれが本坂峠か分かりませんが、きつい峠越えになりそうだ…。
しばらくは国道362号を歩くのですが、車がひっきりなしに通り過ぎ、とにかくすごい交通量でした。 歩いたのは3月初めでしたが、街道脇にはしだれ梅が満開で、まさに春爛漫でした。

菜の花畑の向こう側  しだれ梅の向こう側

途中で国道362号から一本それた細い道に入り、道成に歩くと豊川の堤防に突き当たります。 昔、ここは当古の渡しといわれる渡し場で、反対側には船で渡っていました。 当古の渡しは昭和初期まで続いていたそうですが、現在では廃止されているので、すぐ近くにある当古橋を歩いて渡ります。

当古渡し場跡


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