【東海道53次・江戸方面34日目】 :東戸塚駅〜神奈川駅(9.1km)

この日はJR東戸塚駅を出発して、保土ヶ谷宿を目指します。
出発してすぐに品濃坂となります。 品濃(しなの)の語源は「ゆるい丘陵地」とも言われているそうですが、歩いてみるとかなり急な登り坂に思えます。 途中には「旧東海道→」という案内板があちこちに立っているので道に迷わずに歩くことができます。

品濃坂

品濃坂を登り切ると品濃一里塚があります。 品濃一里塚は江戸日本橋から数えて9番目の一里塚で、神奈川県内で唯一の両側が残っている一里塚となります。 塚の表面には根がびっしりと張っており、とても立派な一里塚です。 一里塚は距離の目安という主旨で作られたのですが、昔の旅人は一里塚の木陰で腰を下ろし、旅の疲れを癒したそうです。 ちょうどお昼時だったので、僕も一里塚の下で持参したおにぎりを頬張り一休みしました。

品濃一里塚  道標

さらに焼餅坂を登ると相模国と武蔵国の国境となる境木地蔵尊があります。ついに武蔵国に突入です。

  

境木地蔵尊がある付近は、旅人の休憩所となる立場が設置されていました。 この辺りは難所の坂が続く上、東に東京湾、西に富士山を眺めることができるという立地の良さから、旅人で賑わったそうです。 茶屋で出す牡丹餅は立場の名物として人気があったそうです。当時の繁盛ぶりを伺わせるように、現在でも立派な門構えの家を見ることができます。

立派な家

境木地蔵尊を過ぎると長い長い権太坂となります。江戸時代の権太坂は現在よりも険しい坂で、難所として知られました。 江戸を朝方に出発した人が約30km歩いて来たときに権太坂の登り坂に差し掛かるので、すでに体力を消耗している旅人には相当な難所となり、 坂の途中で行き倒れになる人も多くいたそうです。
ただし、東海道を東に向かって歩く僕にとっては、権太坂は下り坂になるので楽な道です。 権太坂を下る途中、右手に横浜市のシンボルであるランドマークタワーが見えてきます。ようやく横浜まで辿り着いたかぁ〜、と感慨一塩です。

権太坂  ランドマークタワー

高架に姿を変えて宙に浮いた東海道を過ぎ、長い権太坂を下りきると、もうすぐ保土ヶ谷宿となります。

高架渡る


E38.保土ヶ谷宿  (現在の神奈川県横浜市保土ヶ谷区)


東海道53次保土ヶ谷宿の浮世絵  (広重『東海道五拾三次之内 保土ヶ谷』より)

保土ヶ谷宿はJR保土ヶ谷駅付近にあり、現在では商店街となっています。 江戸時代の雰囲気を残す物は少ないのですが、本陣跡(左下の写真)など古い建物が数軒が残っています。 また、商店街には「宿場通り」の垂れ幕が下がっていました(右下の写真)。

本陣跡  保土ヶ谷宿町並み

広重『東海道五拾三次之内 保土ヶ谷』は帷子川にかかる帷子橋とその向こうに見える保土ヶ谷宿を描いたものです。 帷子川の流れが変わったために現在の帷子橋は少し北側に移動していますが、江戸時代に帷子橋があった相模鉄道天王町駅前には帷子橋が復元されています(左下の写真)。
東海道は天王町駅の高架をくぐり、現在の帷子橋を渡ると松原商店街へと続きます。 松原商店街はテレビで紹介される有名な商店街だそうで、物凄い人で賑わっていました。ウインドウショッピングを楽しみながら神奈川宿へと向かいます。

帷子橋跡  商店街


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