【東海道53次・江戸方面33日目】 :藤沢駅〜東戸塚駅(12.0km)

この日は遊行寺の境内でおにぎりを食べてからの出発です。
遊行寺を出たらすぐ登り坂になります。事前には知らなかったのですが、藤沢宿から戸塚宿に至るまでの大部分は緩やかながら長い登り坂で、結構きつい道なのです。 この区間は箱根駅伝のコースにもなっているらしく、ちょうど年末に歩いたこともあってか、道路のあちこちには「箱根駅伝のため交通規制」の看板が出ていました。


再発箇所の痛みに耐えながら・・・
 この日の旅路は藤沢〜戸塚間の長い登り坂のために思わぬ負荷がかかりました。 そのためか歩いていると再発部位である下腹部が痛み出しました。ドーンとするような重たく、しかもキリキリするような辛い痛み。 歩くにつれて痛みが増してくる。これ以上旅を続けるのは無理だろうか・・・。そんなことを考えながら、ひたすら歩き旅を続けるのでした。


登り坂  箱根駅伝予告

ぼんやり歩いていたら「日本橋から48km」の標識が。記念すべき50kmの標識は見逃したのだろうか。 見逃したなら、ちょっと悔しい。ともかくゴールの日本橋まで50kmを切って、ようやく射程距離に捉えた感じがしました。

あと48km

国道1号に別れを告げ、急な下り坂を下り降りると、ほどなく戸塚宿です。


37.戸塚宿  (現在の神奈川県横浜市戸塚区)


東海道53次戸塚宿の浮世絵  (広重『東海道五拾三次之内 戸塚』より)

江戸時代、朝方に江戸を出発した旅人はその日の晩は戸塚宿に宿泊したそうです。 日本橋から戸塚宿まで約40kmもあるので、昔の人は本当によく歩いたものだと感心してしまいます。
上方見附跡の記念碑を過ぎるとかつての戸塚宿の宿場町が始まります。戸塚宿はJR戸塚駅にほど近く、都市化により宿場町の雰囲気は失われてしまいました。 見附跡(左下の写真)や本陣跡(右下の写真)などがわずかに往時の様子を偲ばせています。

京見附  本陣跡

広重『東海道五拾三次之内 戸塚』は柏尾川にかかる吉田橋を描いた浮世絵です。 現在でも同じように橋が架かっており、ここが浮世絵に描かれた地点であることを示すように、欄干には浮世絵がはめ込まれています。 広重の浮世絵は江戸方面から見た構図になっており、橋を渡ると戸塚宿、橋の手前で左に折れると鎌倉へ至ります。

吉田橋  欄干

広重の浮世絵で橋の袂に描かれている道標は、現在でも近くの妙秀寺に保存されています。 古くて文字が一部欠けてしまって判読困難ですが、「かまくらみち」と刻まれていました。 浮世絵に描かれている物が現在まで残っていることに感動です。

道標


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