【東海道53次・江戸方面31日目】 :大磯駅〜平塚駅(4.0km)


E35.平塚宿  (現在の神奈川県平塚市)


東海道53次平塚宿の浮世絵  (広重『東海道五拾三次之内 平塚』より)

この日は朝8時に東海道歩きの大先輩「にこにこさん」と花水橋で待ち合わせ。 にこにこさんとは小田原以来2回目の対面になります。 花水橋のすぐ手前には茅葺き屋根の建物があり、この日歩く予定の平塚宿に期待が持てます。 この建物がある場所は日本橋から66km地点になるようです。

茅葺き屋根

ほどなく花水橋に到着。にこにこさんに平塚宿を案内していただくことになりました。


平塚宿の西口に当たる京見附跡には「東海道平塚宿」と刻まれた石碑が設置されていました。 これは絶好の記念撮影ポイントだと思い、にこにこさん御夫妻と一緒に撮ってもらいました。

記念撮影

僕が平塚宿で行きたかった場所の一つが「平塚」の地名の由来となった「平塚の塚」です。 にこにこさんにお願いして案内していただきました。平塚の塚がある場所は公園になっています。 実際に平塚の塚を見てみたら、本当に真っ平らで、案内板が立っていないと塚とは気付かないような感じです(右下の写真)。


『平塚の塚の由来』
里人の言い伝えとして「昔、桓武天皇の三代孫、高見王の娘政子が、東国へ向かう旅をした折、857年この地で逝去した。 柩はここに埋葬され、墓として塚が築かれた。 その塚の上が平になったので里人はそれを「ひらつか」と呼んできた。」という一節があり、これが平塚という地名の起こりとなりました。 (平塚の塚の案内板より抜粋)


公園  平塚の塚

その後、平塚宿の中を案内してもらいました。消防団の建物には広重『東海道五拾三次之内 平塚』が描かれています。 この様に消防団の建物に広重の浮世絵が描かれているのをあちこちの宿場町で見かけますが、これは示し合わせてやっていることなのだろうか?
宿内からは広重『東海道五拾三次之内 平塚』とほとんど同じ構図の景色を見ることができます(右下の写真)。 画面奥には平塚宿のシンボルである高麗山が、さらにその右側にはぼんやりと雪化粧した富士山が見えます。ビルが邪魔していますが、構図は江戸時代そのままです。

消防団  浮世絵スポット

平塚宿があった場所はJR平塚駅からちょっと遠くなったためにかつての賑わいが失われてしまったようです。 宿場町があった場所には本陣跡や脇本陣跡などの記念碑が設置されているのみです。

平塚宿町並み  脇本陣跡

平塚宿の東口となる江戸見附跡です。石垣が復元され、昔の様子が窺えます。 平塚宿は古い建物が一切残っていませんが、 東西見附を復元したり、記念碑を設置したりと宿場町としての魅力造りに努力している感じが伝わってきて、好感が持てる宿場町でした。
江戸時代に人で賑わった平塚宿はここまでですが、現在の繁華街はこの先のJR平塚駅前商店街へと移行しています。

江戸見附

平塚宿を見学した後、にこにこさんにお願いして近くの観光スポットである「湘南平」に連れて行っていただきました。 また、帰る際にはお土産までいただき、にこにこさんのお陰でこの日はとても楽しめました。ありがとうございました。


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