【東海道53次・江戸方面16日目のつづき】 :掛川駅〜金谷駅(16.1km)

静岡おでんを食べて足を休めた後、再び歩き出します。地図で見ると今日の目的地であるJR金谷駅はすぐ近く。 あとちょっとだから楽勝だろう、そう油断したのが大間違い。これからが地獄の始まりだったのです。

間の宿・菊川の静かな街並みを抜けると石畳の道になります。地図を見たときには分からなかったのです、これから菊川坂となります。

菊川坂入口

菊川坂の石畳は一部復元されたもので、とても長い石畳になります。それにしても長く急な登り坂。 小夜の中山に峠があることは事前に知っていて覚悟していたのですが、小夜の中山を超えたらもう一つ峠があることなんて、全く知りませんでした。 聞いてなかったよ〜。完全に油断しきっていたため、その反動で物凄くしんどい登り坂に感じてしまいます。
この付近には鉄道もなく、バスの本数も少なく、途中で旅を止めて帰ることができないのです。ふらふらと蛇行しながら、時々石畳に腰を下ろしながら登り続けます。

石畳  石畳

冬なのでもちろん気温は低く寒いのですが、坂を登るにつれて物凄く汗が出て暑くなってきました。 服を1枚また1枚と脱いでいき、最後にはTシャツ1枚になって登り続けました。 途中で通りかかった自動車の人が「何でこの寒いのにそんな薄着なんだ?」という顔でこちらを見ていましたが、とにかく暑くて暑くてたまらなかったのです。

ようやく休憩所らしいものが見えてきました。どうやらここが峠の頂上のようです。 休憩所で腰を下ろし、しばらくの間ぐったりとしていました。非常に疲れていたのですが、さすがに登り続けただけあって、頂上からの景色はなかなかきれいでした。 しかし、こうやって改めて見てみると、物凄い急坂です。

菊川坂頂上  休憩所

峠の下り坂は金谷坂とよばれます。 この金谷坂の石畳は足が「すべらない」という特徴があるそうで、坂の途中にはすべらず地蔵と呼ばれるお地蔵さんがあります。 すべらず地蔵は「受験にすべらない」という御利益があるとされ、受験シーズンには参拝客がたくさん訪れるそうです。
こちらの石畳も一部復元されたものです。 もしも江戸時代から使われていた石畳なら、多くの旅人が歩いたために石が磨り減って平になっているのですが、 菊川・金谷坂の石畳は新しくて凹凸がはっきりしています。 そのため、歩いていると足裏をつぼ押しされているような、そんな感じがします。

石畳

金谷坂を下り終えたところには「石畳茶屋」があります。甘いお菓子を頂きながら疲れた体を休めました。

茶屋  間食

この日はJR金谷駅まで歩いて、鈍行列車で帰宅することにしました。鈍行列車の車窓から、偶然にも黄色い新幹線(愛称:ドクターイエロー)を見ることができました。 ドクターイエローは、新幹線が走る線路や架線の検査を行う事業用車両なのですが、 めったにお目にかかれないことから、「ドクターイエローを見ると幸せになれる」との噂があります。 僕がドクターイエローを実際に見たのは、この日が初めてでした。
この日の旅は大変疲れたのですが、日坂宿、小夜の中山、子育飴、夜泣石、菊川・金谷坂・・・ととても思い出に残る旅路でした。


【東海道53次・江戸方面17日目】 :金谷駅〜六合駅(11.5km)

E18.金谷宿  (現在の静岡県島田市金谷)


東海道53次金谷宿の浮世絵  (広重『東海道五拾三次之内 金谷』より)

この日はJR金谷駅から旅をスタート。できれば藤枝駅まで歩きたいなと思いつつ歩き出します。

金谷宿は大井川を控えた宿場町として栄えました。 大井川は、江戸時代には「箱根八里は馬でも超すが、超すに超されぬ大井川」といわれた難所でした。 そのため大井川が氾濫して渡ることができなかったときは旅人は金谷宿に宿泊するしかなかったのです。
現在の金谷宿の街並みはこんな感じです。

宿場町並み  本陣跡

金谷と言えば、大井川鐵道を走る蒸気機関車で鉄道ファンにはとても有名な場所だそうです。この日も蒸気機関車の写真を撮ろうと多くの鉄道ファンが駆けつけていました。

SL

蒸気機関車を見送ったら、まっすぐ東へ向かって歩いていきます。
歩くこと暫し、目の前の道が途切れたら、それが大井川の堤防です。
「超すに超されぬ」と言われた通り、大井川の川幅の広さにビックリ。

堤防  大井川


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