【東海道53次・江戸方面12日目】 :新居町駅〜浜松駅(18.2km)

E12.舞坂宿  (現在の静岡県浜松市西区)


東海道53次舞坂宿の浮世絵  (広重『東海道五拾三次之内 舞坂』より)

この日の旅はJR新居町駅から歩き出します。
ほどなくして浜名湖にかかる橋を渡ります。遠くに陸地が見えてきたのであれが次なる舞坂宿かと思ったのですが、勘違いのようで、浜名湖に浮かぶ弁天島でした。

弁天島

弁天島は左下の写真のような木が植えられており、南国情緒が漂っています。
浜名湖に浮かぶ鳥居は弁天島のシンボルです。 夏には海水浴客で賑わう弁天島なのですが、旅をした日は冬だったので、寒くて、風が物凄く強く、さすがに泳ぐ人はいませんでした。 その代わりに釣り人で賑わっていました。

弁天島  鳥居

弁天島を過ぎるとほどなく舞坂宿に到着です。

江戸時代、新居関所での厳しい取り調べを通過した旅人は、船に乗って浜名湖を渡り、舞坂宿に尽きました。 下の写真は舞坂宿の船着き場(北雁木)です。昔は、東海道から船着き場までの道は石畳が敷き詰められていたそうで、現在でも石畳を見ることができます。

船着き場

舞坂宿では脇本陣を見学することができます。脇本陣とは、本陣が満員の時に大名が変わりに宿泊した場所で、予備の本陣になります。 普段は庶民が利用していたので、本陣と旅籠の中間の性質を持っています。大名も宿泊した場所だけあって、立派な作りになっています。 ここの案内をしてくれたおばさんはとってもお喋りな人で、楽しかったです。

脇本陣  脇本陣内部

舞坂宿を通る道路は昔のように細い道路になっています。舞坂宿は浜松市に属するのですが、市の中心部から外れているためか、落ち着いた街並みになっています。

右下の写真は江戸見附の石垣があります。ここが舞坂宿の東端にあたります。
「見附は見張所にあたり、大名が通行の時などには、ここに六尺棒を持った番人が立ち、人馬野で入りを監視するとともに、治安の維持にあたった所である。」(見附の案内板より抜粋)

宿場風景  江戸見附

舞坂宿の東側の東海道は松並木となっています。
松並木の手前には、こんなかわいらしい像が置かれています。これは「浪小僧」というらしいです。

「昔、遠州灘の浜では、地引き網漁が行われていました。魚が捕れない日が続いたある日、真っ黒な小僧が網にかかりました。 漁師たちは気味悪がり小僧を殺そうとすると、小僧は「私は海の底に住む浪小僧です。命だけはお助け下さい。 その代わり、ご恩返しに、海が荒れたり、風が強くなったりするときは、海の底で太鼓を叩いてお知らせします。」と言うので、海に戻してやりました。 それ以来、天気の変わるとき、波の音がするようになったと伝えられています。」(浪小僧の案内板より)

浪小僧

舞坂宿の松並木を進みます。松並木の途中で見付けたマンホールには松並木が描かれていました。

松並木  マンホール

松並木には「舞坂宿」と書かれた石碑があり、折角なので記念撮影をして、次なる浜松宿へと向かいます。

記念碑


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