【東海道53次・江戸方面8日目のつづき】 :本宿駅〜国府駅(10.1km)

E7.御油宿  (現在の愛知県名古屋市中川区岩塚町)


東海道53次御油宿の浮世絵  (広重『東海道五拾三次之内 御油』より)

赤坂宿と御油宿の間は2kmもなく、そのためか江戸時代には赤坂宿と御油宿の2宿をまとめて1宿として扱われることもあったそうです。 実際に歩いていると、あっという間に御油宿になります。

赤坂宿と御油宿の間にはとても立派な御油松並木があります。
約600mもあり国の天然記念物に指定されています。歩いていると大きな松の木のせいで日中なのに道は薄暗くなっています。 きっとこの付近の街道風景は江戸時代とほとんど変わらない姿で残っているのでしょう。

松並木

この御油の松並木は「東海道中膝栗毛」にも登場します。
お伊勢参りの途中、弥次さんは「御油の松並木には時々狐が出没して人を騙すらしい」と言う話を御油宿の茶屋のお婆さんから聞きます。 弥次さんは、先に赤坂宿に向けて出発した喜多さんを追いかけます。 御油の松並木で喜多さんの姿を見つけるのですが、弥次さんは先程聞いた「狐が騙す」という話を思い出し、 目の前の喜多さんは狐が化けた姿だと思い込み、本物の喜多さんとは知らずに押し倒して縛り上げてしまった、という内容。
御油の松並木を歩いていると本当に狐が出てきそうな感じがします。

松並木  松並木

御油の松並木を抜けると格子窓の家々が立ち並ぶ情緒ある街並みになります。
本陣跡は某醤油会社の敷地となっており、工場の脇には記念碑が置かれています(右下の写真)。

御油宿は赤坂宿と並ぶ歓楽街で、当時は遊女が多く、「御油や赤坂吉田がなくば なんのよしみで江戸通い」といわれたらしい。 本陣2軒で、最盛期にはおよそ100軒の旅籠があった大繁華街だったそうです。 赤坂宿・御油宿は距離が短いため、宿に泊まる客の争奪戦が激しかったらしいです。 『東海道五拾三次之内 御油(旅人留女)』の中で強引に客引きする女性の絵はすごくインパクトがあるので僕はこの浮世絵が結構好きです。

御油宿  本陣跡

川を渡ると御油宿は終わりです。
警備上の利点があるからなのか、出入口には川が流れていて、そこに架かる橋を渡らないと出入りできない構造の宿場町をよく見かけます。

橋渡る

御油宿を出てしばらく歩くと本坂通(本坂越え)との分岐点に差し掛かります。 下の写真だと右上に進むと東海道で、左上に進むと本坂通(本坂越え)になります。
東海道はこの先は浜名湖の南を船で渡るルートになるのですが、昔は浜名湖の西岸に新居関所が設けられており、特に女性に対して厳しい取り締まりをしていました。 そのため女性は東海道ではなく、本坂越えとよばれる浜名湖の北側を陸伝いに迂回するルートで歩いていました。 本坂越えは女性が多く利用するので別名姫街道ともよばれていました。

姫街道看板  御油追分

僕は東海道を歩くので、右上に進み、この日は名鉄国府駅で終了。


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