インフルエンザの流行で学校閉鎖になった。
私自身の体の調子はすこぶる良いので、休校を幸運と平日の外出を楽しんでも良いのだが、別段買い物の予定も無く、しかも朝から雨が降り続いているから、今日ばかりは怠惰を決め込むことにした。
そうなると元気の良いのはセンちゃんで、いつも部屋にひとり篭っている反動か、やけに饒舌になっているのだ。さっきもインターネットで見つけてきたのだろう怪談を、妙に表情豊かに話してくれた。
――平日雨模様の午前10時、女二人が部屋で怪談話。
どうにも内向的な青春を過ごしているような気がしてならないが、何せ今日は怠惰な日と決めたのだから、向こうが飽きるまで聞き続けてやることにした。
センちゃんが怪談に飽きたのは2分後だった。
突然「あきたほ」と呟き、ほっほうと鳴きながらキッチンへと向かったかと思うと、無心に水を飲み始めた。
しかもタイミングが話のオチ直前だったので、行き場の無い好奇心を持て余し、私は困惑するしかなかった。
「セ、センちゃん」
「まぐろ」
「思いつきの単語で相槌うつなよ」
「うん」
「それで、ええと、オチは――」
私と対面する形で再度座り込んだセンちゃんは、突然床をばんばんと叩き始めた。
「今日はすごろくで遊ぶのです」
「すごろく? そんなものはうちには無い」
私が一人暮らしを始めたのは1年前、15の時だ。すごろくなんて言うものは若い娘が自室でやるものではない。友達を呼んでみんなで囲むことも恐らくは無いだろうし、例えば正月なんかに――家族でやるものである。
あまり大っぴらに言う事でも無いが、私には両親がいない。妹もいたのだが、皆鬼籍にある。
それが14の時で、以来自暴自棄になっていたところを恩人に助けられ、高校にも入れてもらい、どうにか生活することができているのだ。
だから私には家族でやるゲームの経験が無い。元より少々偏りのある厳格さを持つ両親の下で育ったため、どうもそう言ったものには縁がなかったのだ。
「すごろくとは――」
センちゃんが妙に張り切った様子で言う。
強いて言えば彼女が私の家族だ。数ヶ月前に突然転がり込み、それからどう言うわけか居ついている。この辺りの事情を書くには少々現実離れした体験に触れなければならないので、今は割愛する。
「――ペンと紙が必要なゲームだ」
「そ、それならある」
と言ってもポケットサイズの小ぶりなメモ帳だ。案の定、センちゃんは、
「小さいな」
と愚痴る。
「センちゃん、作る気なの?」
「何を?」
「いや、すごろくだよ」
「作るのかあ」
だめだ。
「センちゃん、私、本読んでて良い?」
「いいぞー。すごろく作ったら呼ぶね」
「あ、作るんだ」
センちゃんは床面に上半身をぺたりと着けると、メモ帳に正方形を書いた。
「ふむ、ミズル、出来上がりだ」
「え?」
一方私はベッドに寝そべったばかりで、読む本すら決めていなかった。
「何せ紙のスペースが無い。フェルマーか」
「センちゃん、それはすごろくじゃ……無いんじゃないんだろうか」
「いやいや、ミズルさん。ここからだ」
そう言うなりセンちゃんは四角の中に幾つかの文字列を書き始めた。
できてないなら呼ぶなよ、とも思ったが、どうせまたすぐに呼び止められるのだろうし、一度本を読むのは諦めることにした。
書きあがったのは、一つの小ぶりな正方形。その中に6行の文章が書かれている。
一、あがり
二、1回休み
三、あがり
四、2回休み
五、もう1回サイコロを投げる
六、あがり
「すごろくをするには余白が足りない。拠って、一マスで終わることにしたのだ」
「そ、そうか。何でそんな言い切る」
「ミズル、やろ、やろ」
絶対つまらない――そんな言葉を飲み込み、私はサイコロを振った。
一。
「……ごめん、センちゃん。あがっちゃった」
「ミズル優勝なー」
「センちゃん、これはだめだよ、企画倒れだよ」
じゃあせめて――そう言うと、センちゃんは更に5つの正方形を描き足した。
そして全部で6つになった図形に通し番号を付け、それぞれに6行の文章を書いていった。
「1のマスで、一が出たら2のマスに進めるのね。で、2のマスで三が出たら3のマスに進めることにします。ああ、1のマスで六が出たら一気に3に進めることにしましょう。んで――」
「センちゃん、それもうすごろくだよ」
「すごろくを作ってるんだが」
にこやかに答える。言いたいことが伝わっていない。
先ほどの1マスしか無い状態だったら一発ネタとして多少は面白かったが、複数のマスとそれぞれにサイコロを振った場合の結果を用意しては、単にマスが少ないだけの普通のすごろくになってしまう。
中途半端なだけで、ますます企画倒れだ。
「ミズル、やろ、やろ」
改めて紙上を見ると、何と言う事か、1のマスから一で2のマスへ。二で3のマスへ。三で4のマスへ――完全にサイコロの数値とマスの関係性がすごろくのそれに改良されてしまっていた。
たぶんそうしたほうが製作者として合理的だったのだろう。
「だ、だからセンちゃん」
「ねこ」
「ねこじゃなくて。センちゃんの行動は、すごろくを再構築しているよ」
「再構築ですか」
「うん。すごろくに於けるマスとサイコロの関係性…って言うのかな。それを、6種類の条件つきの1マスから始めることで――」
すごろくの仕組みを追う遊びになってしまっている。
そう言おうとすると、センちゃんはころんと床に転がってしまった。
「これ、面白くないな」
「気づいたのね」
「ミズル、ご本なに読むの?」
「え――」
読みかけの小説が目に入る。
「私も読むのね」
センちゃんがベッドに入り込む。彼女はこうして、時折私の読書に参加してくる。正直なところ邪魔で仕方が無いのだが、どうせすぐ寝てしまうのである。だから――
「いいよ、一緒に読もうか」
私が答えると、センちゃんはむひひ、と笑うのだった。
最初からこうすれば良かったのだ。いつも平日はかまってあげられていないし、彼女は私の家族なのである。
一緒にいられる間に、できるだけ体を寄せ合っているのが、私とセンちゃんのきっと正しい関係なのだろう。
《閉》