【リプレイ風小説 番外編 黄昏魔術師】

 

番外編 黄昏魔術師


蒼かった。
こうして寝転がって見上げると、洞窟の天井は蒼く仄かに光っていた。それはまるで、昼と夜の狭間の黄昏時の空を思わせた。なるほど、『トワイライト滝』とはよく言ったものだ。トワイライトの名は滝そのものよりも寧ろ滝の裏に広がるこの大洞窟からとったに違いない。蒼い天井を見上げながら『死』んだウィザードは思った。
いったいどれくらいの時が流れたことだろうか。洞窟に巣くう魔獣ゴブリンの素早い動きに翻弄され、その鋭い槍で致命傷を受けたのと、ウィザードが放った最終魔法『メテオシャワー』がゴブリンの身体を焼き尽くしたのがほぼ同時だった。
以来、ウィザードはずっとこうして天井を見上げていた。
『死』んだ冒険者が『生き返る』には大きく分けて2つの選択肢がある。
ひとつは、誰か他の冒険者に『生き返』らせてもらう方法、もうひとつは、『契約』に従って街へと『帰還』する方法である。彼は前者を選択した。通りがかりのビショップに頼んで『リザレクション』の呪文をかけて貰うことを気長に待つことにした。それには理由があった。
「男子たるものしっかりと地に脚がついていなければならない」
それが彼のポリシーであった。ゆえに他のウィザードがやるように『テレポーテーション』を使っての移動は一切行わず、他の冒険者がやるように『記憶』した場所に『跳ぶ』ことも潔しとしなかった。
それゆえ、不便なことも多かった。
一番近くにある港街『ブリッジヘッド』からこの『トワイライト滝』の大洞窟までの行程は、徒歩で制覇するには気がめいる程遠かった。加えて、この大洞窟は天然の迷路だった。本道と思えた広い道が唐突に行き止まり、かと思うと曲がりくねった細い道がずっと先へと続く真の道であったりした。迷い迷ってようやくこの場所へとたどり着いたのだ。
街に『帰還』して『生き返る』ことを選択すれば、『記憶』した場所に『跳ぶ』ことのない彼には、再びその気がめいる行程をたどる他、この場所へと戻ってくる術が無かった。
かくしてウィザードは自分の幸運を信じ、屍をこの場に晒して留まることを選択したのだった。

何人かの冒険者が視界に入っては消えていった。ウィザードは誰かが近くを通りがかる度に声をかけ窮状を訴えたが、皆、彼の屍を後に足早に通り過ぎていった。
全く世知辛い世の中になったものだ。人情紙の如しとはこのことかと蒼い天井を見上げながら『死』んだウィザードは思った。
と、異形の物が視界に入った。犬のように突き出た口に鋭い牙、手に槍を携えた異形の物が1体、いやもう1体、『死』んだウィザードの体中をくんくんと嗅ぎまわっていた。2体の異形の物は彼を『死』へと至らしめた魔獣ゴブリンに姿形は似てはいたが、それとは違う別の種類の魔獣であった。確かファミリアという種類だ。
全身の匂いを嗅いでいた2体のファミリアのうちの1体が、ウィザードの顔を覗き込んだ。魔獣はまじまじと見ると、ペロリと彼の顔を舐めた。
まずい、喰われる!ウィザードは慌てた。ファミリアが人間を喰ったなどという話はついぞ聞いたことがなかったが、この状況は味見されている他に考え様がなかった。このまま魔獣の血肉となって短い生涯を閉じることになるのか。未だ万物の真理を知る入り口までしか来ていないというのに。
「ふたりとも何やってるの?」
少女の声がした。
「テンツク、そこに何かあるの?」
「ウキャキャッ!」
「ウキーッ!」
2体の魔獣はまるで少女と話しをしているかのようであった。まるで心が通じ合っているかのように。
「あ、誰か寝てる!」
少女は言った。
「そんなところで寝てると風邪ひきますよ」
「いやいや、寝ているわけではござらん」
「あ、起きてるんだ」
「正確には起きているとも言い難いですな。なにしろ『死』んでいるんですから」
「ふ〜ん」
少女はウィザードの顔を2体の魔獣と並んで不思議そうに覗き込んだ。
「いつまで『死』んでいるんですか?」
「はっきりとは言えませんが、強いて言えば親切な方が『生き返』らせてくれるまでですかな」
「そっか、わざと『死』んでるわけじゃないんだ」
「左様。何も好き好んでわざわざ己が屍を晒しているわけではござらん」
「じゃぁ、私が『生き返』らせてもいい?」
「なんと、お嬢さんはビショップでしたか!拙者、ビショップは男しかいないと思っておりました。いやはや浅学でお恥ずかしい」
「違うよ、テイマだよ!」
「ウキャウキャ!」
「ウキキ!」
2体のファミリアも少女と一緒に批難の声を上げた。
魔獣を使役し、その笛の音で自由自在に操るというビーストテイマー。成る程、少女がテイマーで2体のファミリアがそれに従う魔獣という訳だ。
「ビーストテイマーの術に魔獣を『生き返』らせる術があるとは聞き及んでおりましたが、その術が人にも効くとは、またもや勉強不足でした」
「ううん、これ使うの」
そう言った少女の指先で、赤い羽が揺れていた。燃ゆる炎のような赤い羽は、また、燃ゆる炎のようにゆらゆらと揺れていた。
「それは、『フェニックスの羽』ではござらんか」
「うん」
『フェニックスの羽』は『死』んだ冒険者を『生き返』らせる魔法のアイテムであった。その有効性と希少さから冒険者の間では高値で取引されていた。
「いやいや、その様な高価な物を使って頂くわけには参りませぬ」
「私、一回使ってみたかったんだ」
ウィザードが辞退したのを少女はまるで聞いていなかった。どうやら思い込むと人の話が耳に入らないタイプらしい。
少女はおもむろに『フェニックスの羽』をウィザードの額へと突き刺した。ウィザードの額で赤い羽はゆらゆらと揺れた。が、しかし、何事も起こらなかった。
「あれ?おかしいなぁ」
「ウキー」
「ウキャー」
少女と一緒に2体の魔獣も首をかしげた。
「拙者の記憶では、突き刺す場所は心の臓ではなかったでしたかな」
「あ、そうか!」
少女はペロリと舌を出して自分で自分の頭をコツンと叩いた。2体の魔獣もそれを真似て槍を持っていない方の手で自分の頭をコツンとした。
ウィザードの額から『フェニックスの羽』を引き抜くと、少女は改めて左の胸、心臓の辺りに赤い羽を突き刺した。赤い羽はゆらゆらと揺れたかと思うと、一瞬眩い光を発して燃え尽きてしまった。代わりに『死』んだウィザードの頬に赤みが差し生気が戻ってきた。
「やったー!大成功!」
「ウキャ!ウキャ!」
「ウキャキャ!」
少女は手を叩いてぴょんぴょんと跳ねた。2体の魔獣も槍を振り上げてぴょんぴょんと跳ねた。
「いやはや、かたじけない」
ウィザードは恐縮した口調で言った。
「お嬢さんには、何かお礼をしないといけませんな」
「えぇ?いいですよ、そんな」
「ウッキャー」
「ウキャッキャー」
少女はウィザードの申し出に遠慮した。2体の魔獣も少女の口調をマネした。
「おぉ、そうでした!あれが在りました!」
ウィザードは、ポンと右の拳で左の掌をたたいた。
「拙者、ゴブリンを仕留めた折に、断末魔の彼奴の口からこれが転がり出たのを拾って、すっかり忘れておりました」
そう言うとウィザードは懐から卵大の輝くクリスタルを取り出した。
この世界のあちらこちらに点在する異空間『秘密ダンジョン』。その異空間の入り口を開く鍵である『ポータル・クリスタル』。ウィザードの手にある輝くクリスタルはその『ポータル・クリスタル』に相違なかった。
「もっとも拾った後に、拙者も事切れましたがな」
ウィザードは、カッカと笑った。
「お礼に『秘密ダンジョン』の探検にお誘いしますが、いかがですかな?お嬢さん」
少女は目を輝かせた。
「そんなお礼なら大歓迎です!」
「ウキャ!ウキャ!」
「ウキャキャ!」
2体の魔獣も槍を振り上げて喜んだ。
「そう来なくては。決死の思いで『秘密ダンジョン』の入り口まで来た甲斐があったというものでござる。拙者の『メテオ』で『秘密ダンジョン』の魔物どもを蹴散らしてご覧にいれますぞ」
ウィザードは、また、カッカと笑った。
「では、早速『秘密ダンジョン』探索のメンバーを募集するとしますか。探索するのに2人では、また天井を見上げる羽目になりますからな」
「はーい!」
少女は元気よく答えた。
『秘密ダンジョン』探索のメンバーを募集するウィザードの叫びが、『トワイライト滝』の大洞窟に響いた。

 

 

<<前へ                        <戻る>                     次へ>>