【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.18 メルティの決断


 シップがかけた究極魔法『リザレクション』が、ビーストテイマーの少女の肉体を光につつむ。そして、『死』から『生』への移行が完了する。
 フラウが目を開いたのを確認すると、シップは今度は『死』んだネクロマンサーへ、それから二体の魔獣ファミリアへと次々にリザレクションを唱えた。
 ビーストテイマーの少女は、床に座り込んでうつむいたまま、顔をあげようとしなかった。その顔をテンツクとドンツクが覗き込み、キュッと握り締めた手の甲をペロリと舐める。
 そしてゴーンもまた、普段から目深に被ったフードを一層目深にし、無言でうつむいていた。
 ビショップの癒しの呪文『パーティーヒーリング』が、じわじわと皆の体力を回復させる。
「また……、私、また失敗しちゃった……」
 リトルウィッチのメルティが途切れ途切れに言った台詞を、パーティーの面々は無言で聞いていた。
 メルティ達八人の冒険者は、『暴かれた納骨堂』の地下一階へと帰還していた。
 いや、帰還というのは適当ではない。タイムリミットを過ぎた『秘密ダンジョン』から、通常空間へと弾き出されたのだ。
「仕方ないですよ、時間切れだったんだし――。もうちょっと、あとほんの少し時間があったら、きっとガダーム・ギガスを倒せていましたよ」
「アインさん……」
 メルティを、そしてみんなを慰めるアインの台詞がありがたかった。しかし、だからと言って、心が晴れるわけでもない。結局のところガダーム・ギガスを倒すことはできなかったのだ。一度ならず二度までも『秘密ダンジョン』の攻略に失敗した事実は変わらない。
「みんなすごいがんばったじゃないですか。仕方ないですよ」
「いや、仕方ないことはない」
 もう一度アインが言った慰めの台詞を、今度はRRがキッパリと否定した。
「支援君、君は今回の失敗を、仕方ないのひと言で済ませるつもりか?」
「え? いや、その……」
 しどろもどろのアインに、RRが更に追い討ちをかける。
「今回の失敗の原因を、君はわかっているのか?」
「原因って、それは時間がなくなったからで……」
「では、なぜ時間がなくなった? なぜ最後の魔物を倒す前に時間切れになった?」
「それは……」
 畳み掛けるRRに、アインが逡巡していると、
「地下一階はいい感じだったと思うんだよね。問題は地下二階だね」
 助け舟を出すように、スニークが続けた。
「魔方陣の部屋の骸骨戦士は、あれがベストだと思う。『ガイナスの礼拝堂』も、まあ不手際はあったけど、あんなもんじゃないかな。改善するならその後だよ」
 それにRRがゆっくりとひとつ頷く。
「我々は『ソドムブラーの礼拝堂』で時間を使い過ぎた。攻略法をわかっていなかったからな。それに、ガダーム・ギガスだ。あの魔物の能力はまるでわかっていなかった。しかし、我々はヤツの力を身を持って体験し、そして、それを覚えている」
 あっとアインが声を上げる。
 今までは、運良くガダーム・ギガスまでたどり着いたパーティーでも、『闇の力』により心を蹂躙され、その貴重な体験は忘却の彼方へと追いやられていた。覚えていなければ、対策の立てようもない。
 しかし、『狂乱の魔術師』の言うとおり今回のパーティーは最後の『ガダーム・ギガスの礼拝堂』でのてん末を覚えていた。しっかりと――。
 それは、皆の信頼が、心の闇を増幅する『闇の力』に打ち勝った証拠だった。
「今回の失敗は、次に活かせる貴重な失敗だ。そうは思わないか?」
「次――、ですか?」
「無論だ」
 アインの問いに、RRはあっさりと答えてのけた。
「あの異界の魔物を取り逃がした以上、『秘密ダンジョン』は復活する。我々が苦労して倒した地下一階の魔物の群れも、ソドムブラーも、ガイナスも――」
「そして、ハウロカーンも……」
 シップがかつて自分が師事した高僧の名を複雑な思いで口にする。神の降臨を夢見たハウロカーン。しかし、彼は今や自分が召喚した異界の魔物に肉体も魂も捕えられ、魔物として『秘密ダンジョン』に閉じ込められているのだ。
 ガダーム・ギガスを倒し、難攻不落と言われた『秘密ダンジョン』を攻略して封印するまで、かの高僧の魂が救われることは永遠にない。
 シップはギュッと右手を握り締めた。
「我々は、また一からあの『秘密ダンジョン』を攻略しなければならない。だが、我々には今回の経験がある」
 そこまで言って、『狂乱の魔術師』の二つ名で呼ばれるウィザードは、皆の顔を見回した。
「オイラ考えたんだけどさ、『ガイナスの礼拝堂』にひとりで入ってコウモリ魔人はそのままにしてさ、ガイナスだけ魔方陣のところまでおびき出せないかな? そうすれば、ブリザードも喰らわないし、全員でガイナスを倒せて時間も短縮できると思うんだよね」
「それは可能だと思う」
 スニークの提案に、RRが同意する。
「じゃぁさ、同じようにガダーム・ギガスも魔方陣の部屋までおびき出したらどうかな。あっちの方が、礼拝堂の中より広いしさ。オオトカゲの相手もしなくて済むじゃん」
「ちょっと待ってよ、スニーク。それにRRも――」
 調子よく話していたスニークにパラレルが割って入る。
「たった今、失敗したばかりなのよ。みんな疲れているわ。肉体的にも、精神的にも。だのにもう次だなんて、性急過ぎやしない?」
「うーん、まぁ、アネさんが言うこともわかるんだけどさ――」
 美貌の弓使いに答えながら、スニークはメルティの方をうかがった。
「私……。私は……」
 口篭ってうつむき加減になったリトルウィッチのメルティに、いつものように横柄な口調でRRが言った。
「これで諦めるか、もう一度挑むか、リトル、お前が決めろ」
 『狂乱の魔術師』の二つ名で呼ばれるウィザードの鋭い目が、メルティを見据える。
「お前がリーダーだ」
 皆の視線がメルティに集まる。
「私は……」
 その視線を受け止めることができずうつむく。
 正直言って、怖い。
 一度ならず、二度までも失敗したのだ。
 あの凶悪な異界の魔物を倒し、難攻不落の『秘密ダンジョン』を攻略することなど、ましてや自分がリーダーでは、到底出来ないような気がした。
 あきらめてビガプールの屋敷に戻れば、平穏無事に暮らせる。二度と『秘密ダンジョン』に行きさえしなければ、もう怖い思いをしなくてすむのだ。
 毎日ふかふかでいいにおいがするベットで、ゆっくりと眠れる。
 そして――。
 そして毎日、あの夢にうなされるのだ。
 夢の中で、あの禍々しい異界の魔物に毎日殺されるのだ。
 ここであきらめてしまえば、きっと心の闇に押し潰されるに違いない。
 メルティはかぶりを振った。
 すると、バトラーの台詞が蘇った。
 老執事はたった一度失敗したぐらいで怖いなどと情けないと言った。メルティをそんな腑抜けに育てた覚えはないと。
 でも……。
 もう一度かぶりを振ると、今度は、メイド姿のスノウの顔が浮かんだ。
 いつも生意気な口ばかり叩く、小憎たらしいスノウ。
 自分にリーダーの心構えを手ほどきしてくれたスノウ。
 魔力を失い、二度と『秘密ダンジョン』の冒険へと行けなくなった、元ビーストテイマーのメイド。
 彼女が『秘密ダンジョン』を語るとき、いつも無表情な顔にふと淋しさが影を落とすことがあった。
 そのときのスノウの顔が浮かんだ。
 唇をギュッと噛み、両の手を握り締めて顔を上げる。そして、今度は皆の視線を正面から受け止める。見つめる皆の目が熱い。まっすぐな視線の奥にリトルウィッチの少女に対する期待と希望が見える。
 それから、ひとりひとりの視線を確かめるようにゆっくりと見回し、メルティは思いきって口を開いた。
「もう一度、この『秘密ダンジョン』に挑戦するわ。もう一度、この八人で、この素晴らしい仲間たちとね」
 その声に全員がうんと頷く。
「そう来なくっちゃ、不思議ちゃん! やっぱ、リーダーはこうでなくっちゃ」
「ありがとう、シーフさん」
「オイラ、不思議ちゃんに一生ついてくよ」
 スニークのちゃかした台詞に皆の表情が緩む。しかし、パラレルだけはその言葉の裏に隠された真意に気づいていた。
 一生ついていくと言った言葉は、いつもの軽口ではないことを――。
「では、作戦を練るとしよう。それから物資の補給も必要だ。『フェニックスの灰』は全員分用意した方がいい。今度は全滅しても、全員が『生』き返るような『奇跡』は起こらないからな」
 そう言うと、RRはシップに意味ありげな視線を送った。『狂乱の魔術師』にはどうやら『禁書』の件を見抜かれているらしい。
 それを知りつつ彼は『奇跡』と言ってのけたのだ。もし『禁書』を使ったことが公けになれば、教会にとって大変なスキャンダルになることを知りながら。
 シップはそれに曖昧に笑い返すことしか出来なかった。
「みんな、いい? 今度こそこの難攻不落の『秘密ダンジョン』を攻略するんだからね!」
「わかったー!」
「ウッキー!
「ウッキャー!」
「わかっただーよ!」
 もう一度メルティが聞くと、フラウと二体のファミリア、それからネクロマンサーのゴーンが元気な声を上げ、全員が力強くうなずいた。
 その姿に勇気を貰い、リトルウィッチの少女は決意を新たにした。
「今度こそ絶対クリアしてみせるんだから! リターンマッチよ!」

 

  

 

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