【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.16 信頼と希望


 最悪だった。
 パーティーは、またもや三人の仲間を失ってしまった。しかも、今度は守りの要であるビショップを失ったのだ。
 シップが『死』んだことによって、今まで受けていた神の恩恵が無くなり、『秘密ダンジョン』の中に充満する妖気が強まったのを感じる。
 二人のウィザードが生き残った五人の体力を懸命に回復させるが、しかし、もう一度ガダーム・ギガスに『闇の力』を解放されれば、全員が生き残れる保障はない。
 なんとかしなければ――。
 メルティはめまぐるしく頭を回転させ、そして、決断した。
「後退するわ」
 スニークが、パラレルが、アインが、そしてRRが、一斉にメルティを見る。
「一旦後退して、体制を立て直すの」
「不思議ちゃん――」
「まだよ、まだあきらめないんだから!」
 生き残った仲間に向かって、メルティは力強く言った。
「私達にはまだ『フェニックスの灰』があるんだから。体制を整えて、シップさんを『生』き返らせて、それから――」
 そこまで言って、メルティの台詞が不意に途切れた。くるくるとバトンを回す手が止まり、くず折れるようにその場にしゃがみ込む。と同時に巨大トカゲをその場に縛り付けていたシロウサギが消えた。
「メルティさん!」
 アインが懸命にアースヒールの呪文を唱えるが、リトルウィッチの顔色は見る間に蒼白になっていくばかりだった。
「毒だ。さっきのガスでリトルは毒に侵されている」
「そんな……」
 ウィザードの呪文『アースヒール』は、体力を回復することは出来ても、毒に侵された体を癒すことはできない。血液に溶け込んだ猛毒が全身を駆け巡り、瞬く間にメルティの体力を奪っていく。
「コソドロ! リトルに『解毒』を!」
「ガッテンだ!」
 RRの叫びに、スニークが阿吽の呼吸で反応する。
「スニーク、援護するわ」
 パラレルが、シロウサギの戒めを解かれたガダーム・ギガスに矢を射掛ける。
 しかし、その身に何本もの矢を受け汚れた血を流しながも、巨大な青トカゲはまるで瀕死の冒険者たちを嘲笑うかのように、ゆっくりと口を開いた。
「(死、恐怖、絶望、破壊。全て我の好きな言葉だ)」
 おぞましい異界の魔物の声が、直接頭の中に響く。
「絶望だって? オイラたちは、絶望なんかしちゃいない!」
 叫びながらスニークはメルティのミゾオチに手を当てた。当てた手がほんのりと光り、シーフの『解毒』の技がメルティの身体から毒を抜く。即座に二人のウィザードの癒しの呪文が飛び、失われた体力を回復させた。
「シーフさん、みんな、ありがとう――」
「礼はいいよ、不思議ちゃん」
 いつもの人懐っこい笑顔を作ってスニークが答える。
「不思議ちゃんは、オイラたちの希望だから」
 その台詞に、残る三人がうんと頷く。
「シーフさん……、みんな……」
 メルティは、仲間たちの思いに胸が詰まった。
 そのとき、もう一度頭の中に声が響いた。
「(ならば、我がその希望を絶望に変えてやる)」
 ガダーム・ギガスの声が響くや、異界の魔物は再び大きく咆哮をあげた。
 『秘密ダンジョン』全体がビリビリと震え、禍々しい『闇の力』が解放される。心の闇が増幅され、負の感情が膨れ上がる。と同時に、全身の肌が粟立ち、胃をねじ切られるほどの苦痛が体力を奪った。
 そして――。
 耐え難い苦痛が止んだとき、生き残っていたのはメルティひとりだった。
 抜け目の無いシーフも、美貌の弓使いも、支援ウィズも、『狂乱の魔術師』の二つ名で呼ばれるウィザードも――、みんな『死』んでいた。
 リトルウィッチの少女は、たったひとりで異界の魔物と対峙していた。
「なんで? なんで私だけ――」
 思わず口にしてから、ふと、RRが言った言葉を思い出す。あのウィザードはメルティに『フェニックスの灰』を託したとき、もしこの先パーティーが危機に陥っても、メルティのことを全力で守ると言った。それでようやく彼女は悟った。
 RRは、自分の言った言葉を実行したのだ。全員を回復していたのでは間に合わないと見るや、彼はメルティだけに回復の呪文を集中したのだ。
 いや、RRだけじゃない、アインも、スニークも、パラレルも、今思えば全員がメルティを守ってくれたのだ。
「みんな……」
 メルティの白い頬にひと筋の涙が流れる。
 でも――。
 今は泣いている場合じゃない。自分は今、託されたのだ。皆の思いを。その証拠に誰ひとりとして、街に『帰還』したものはいない。みんな屍をさらし、この『秘密ダンジョン』に残っている。メルティが『生』き返らせてくれるのを待っている。皆の思いに、皆の期待に応えなければ。どうにかして体制を立て直さなければ。
「まだよ、まだあきらめないんだから!」
 頬をつたう涙の滴をぐいと手の甲で拭うと、メルティは大きくバトンを振り上げた。
「メルティ〜☆ パラダ〜イスッ!!!」
 眩い光に包まれ空中でくるくると回るメルティのまぼろしが、視界いっぱいに広がる。しかし、異界の魔物は、地下一階のオーガの群れのように混乱してはくれなかった。
「混乱しないなら、かく乱するわ!」
 抜群のプロポーションのリトルウィッチから、本来の小さな女の子の姿へと変わったメルティはキュッと唇を噛みしめた。途端にポンと煙に包まれ、今度は小さなウサギの姿へと変わる。
「私を捕まえられるもんなら、捕まえてみなさいよッ!」
 小さなウサギとなったメルティが、ちょろちょろとガダーム・ギガスの目の前を走る。的にならないように、捕まらないように、挑発するように。ちょろちょろと素早く、ジグザグに。
 すると、巨大な青トカゲはひとつ天に向かって吼え、メルティの後をのっしのっしと追いかけてきた。
「こっちよ!」
 そう叫びながら、ウサギのメルティは自分たちが入ってきた通路へと逃げ込む。それを異界の魔物が追う。
 ガダーム・ギガスが通路の中ほどまで追ってきたとき、メルティはくるりと方向転換した。そして、ありったけの勇気を振り絞り、今度は、異界の魔物へと突っ込んだ。
 一歩間違えば踏み潰されるところを、巨大な足の間をすり抜け、礼拝堂へととって返す。
 ようやく『死』んだ仲間のところまでくると、小さなウサギはポンと煙に包まれた。変身する前の十歳ぐらいの女の子に戻ると、メルティはチラリと背中越しに通路の方を見やった。
 通路の中で蠢く、巨大な青トカゲのしっぽが見える。
 今だ。今ならガダーム・ギガスは狭い通路の中で立ち往生している。その間に『フェニックスの灰』でシップを『生』き返らせれば、なんとか体制を整えられる。
「シップさん、みんな、今、助けるから」
 メルティがベルトポーチから『フェニックスの灰』を取り出したとき、ガダーム・ギガスが咆哮を上げた。『秘密ダンジョン』全体がビリビリと震える。膨れ上がった負の感情が、心を押しつぶす。全身の肌が粟立ち、胃の腑をねじ切られるような耐え難い痛みが襲い、そして――。
 『闇の力』が、残ったメルティの命を吹き消した。
 微かな希望が絶望へと取って代わった。

  

 

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