【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.14 降臨


「大丈夫? シップさん」
 物思いにふけるビショップに、メルティが声をかけると、
「大丈夫です」
 シップはいつもと変わらぬ笑顔で答えた。
「それに、今は感傷に浸っている場合ではないことも、わかってます」
 そう言って、ギュッとメイスを握りしめる。
 それは、この場にいる八人の冒険者全員が感じていることだった。
 禍々しい邪気がこの『ガダーム・ギガスの礼拝堂』に集まっている。次第に色濃くなるこの世のものならざる気配に、総毛立つ。
「来るわ、あの魔物が――」
 そう口にしたメルティの声が、微かに震えていた。
 礼拝堂の床のあちこちにあるひび割れから噴き出す瘴気が、勢いを増す。邪気の塊が空間を歪め、まるで中身を詰め込み過ぎた皮袋のように宙が裂けた。それが礼拝堂のあちこちで起こり、大小合わせて五つの裂け目ができあがる。
「あんなものが――、あんなものが『門』だというのですか!」
 シップは思い出していた。神聖都市アウグストの大聖堂で交わしたジョセフ三世との会話を。そして、先ほどハウロカーンから聞いた言葉を――。
 彼らは『門』と言っていた。異界へとつながる『門』だと。
 だが、目の前のそれは、シップが思い描いた人の造りし『門』と呼ぶにはほど遠い、ただの裂け目だった。
 あんなほころびのような空間の裂け目を閉じることができるわけがない。やはり、この『秘密ダンジョン』ごと封じるしかない。『秘密ダンジョン』を具現化した魔力の元を断ち切り、崩壊させるしか――。
 シップが決意を新たにしたそのとき、一番大きな裂け目から、目の無い巨大なトカゲの顔がのぞいた。
「来た――。あれがこの『秘密ダンジョン』の最後の魔物――ガダーム・ギガス!」
 目の無い青トカゲの巨大な口が開き、礼拝堂にこの世のものならざる咆哮が響く。あまりのおぞましさに、一瞬、足がすくむ。と、異界の魔物は見る間に裂け目をとおり抜け、その巨大な姿があらわになった。
「見てください! 他の裂け目からも、魔物が!」
 アインの叫び声に目をやると、他の四ヶ所からも目の無いオオトカゲが這い出していた。ガダーム・ギガスよりは小ぶりではあるが、その肉色に近いピンクの肢体は勝るとも劣らないぐらい醜悪だった。
「私が青いヤツを足止めするわ。その間にピンクのヤツを倒して!」
 凛とした声が響き、メルティは青い巨大トカゲに向かってバトンを振った。それに合わせて数羽のシロウサギがぴょんぴょんと踊る。
「わかった、メルちゃん! テンツク、ドンツク、全力でいくよ〜ッ!」
 そう叫ぶとビーストテイマーの少女は、赤い『コチュ(唐辛子)』をひとつづつ、己が使役する魔獣の口の中へと放り込んだ。
 普段は緑色をしたファミリアの体色が途端に赤に変わり、体中からエネルギーが溢れ出る。
「グワー!」
「グギャー!」
 いまや、燃えるような赤い色のファミリアは、素人目にもパワーアップしているのが明らかだった。
「いっけー!」
「グワワッ!」
「グギャギャッ!」
 フラウが奏でる物悲しい笛の旋律が響く。それに乗って、いつもよりも素早い動きで、二体の魔獣は肉色のオオトカゲに取り付いた。
「オラも行くだーよ!」
 ネクロマンサーのゴーンがそれに続く。
 RRとアインが立て続けに唱えた最終魔法『メテオシャワー』の爆音が響き、閃光が礼拝堂の中を白い闇へと変わる。
 その闇に紛れて、スニークのルインドライバーがオオトカゲの肉を裂き、パラレルの矢が突き刺さった。
 メテオの集中砲火が途切れ、白い闇が消えて元の薄暗い礼拝堂へと戻ったときだった。
 二体のファミリアに並んでソードを振るっていたゴーンが、突然、蛇に魅入られた蛙のようにすくみ上がると、パタリとその場に倒れた。
「ゴンちゃん!」
 フラウが慌てて叫ぶが、ネクロマンサーの身体はピクリとも動かなかった。
「ビショップ、ネクロにリザレクションを!」
「わかりました」
 異変に気づいたRRの叫びに、シップが直ぐに反応する。ビショップの究極魔法『リザレクション』が、『死』の淵に迷い込んだゴーンの魂を呼び戻した。
「……助かった……だーよ」
 息を吹き返したネクロマンサーは一旦前線から下がり、後方へと退いた。『死』の淵から蘇ったばかりで大半の体力を失ったゴーンを、アインが『アースヒール』の呪文で丁寧に癒していく。
「さっきまであんなに元気だったのに――。いったい何が起こったんです?」
 アインが怪訝な顔で聞くと、
「確かに、ネクロは傷ひとつ負っていなかった。だが一瞬で『死』んだ。オオトカゲの『即死攻撃』でな」
「『即死攻撃』だなんて……、そんなの防げっこない!」
 RRの答えにアインは思わず声をあげた。
「いや、そうでもない。オオトカゲの『即死攻撃』は接近していなければ効かないし、もし喰らったとしても確実に『死』に至るわけではない。確率の問題だ。そういった意味で、ネクロは運が悪かった」
「そんな、運が悪かっただなんて……」
 人の命が、運の良し悪しで左右されるなんて、アインには納得ができなかった。
「じゃぁどうするんですか! まだ半分も残ってるじゃないですか!」
 アインの言うとおり、四体のオオトカゲのうち、二体は葬ったものの、あと二体が残っていた。
「『即死攻撃』は人にしか効かない。テイマーがファミリアでヤツを抑えている間に、遠距離攻撃で倒すんだ」
「うん、わかった!」
 RRの台詞にフラウが元気に答え、そして、スニークとパラレルがうんと頷く。
「テンツク、ドンツク! いっけーッ!」
「グワワッ!」
「グギャギャッ!」
 信頼する主人の命令に、二体の魔獣は嬉々として肉色のオオトカゲに向かった。フラウが奏でる物悲しい笛の音に合わて素早く槍を繰り出し、オオトカゲの動きを封じる。
「いくわよ、スニーク!」
「わかってるってば、アネさん」
 パラレルの放った矢が雷鳴を轟かせ、スニークのルインドライバーが唸りを上げてオオトカゲを切り裂いた。
 肉色のオオトカゲは断末魔の咆哮を上げる。それから、その場にくず折れると、『秘密ダンジョン』の淀んだ空気にとけるように霧散した。
「もう一匹!」
「グワッ!」
「グギャッ!」
 倒れたオオトカゲが消え去ったのを確認する間もなく、二体のファミリアが次の目標に槍を突き刺す。遅れて、パラレルとスニークも、目標を最後に残ったオオトカゲへと変える。
 それまでの総攻撃で蓄積したダメージと、ゴーンがかけた呪術でオオトカゲは明らかに動きが鈍くなっていた。パワーアップしたファミリアがその心臓を貫くまで、さほど時間はかからなかった。
「やったー!」
「やっただーよ!」
 フラウとゴーンが喜んでハイタッチを交わす。
「まだよ! まだ、こいつが残ってるんだから!」
 それを、メルティがたしなめた。
 そのとおりだった。
 その言葉どおり、異界の魔物は健在なのだ。メルティが操るシロウサギがその動きを封じてはいるが、異界から来た巨大な青いトカゲは、まだ、なんのダメージをも負ってはいない。
 最後の魔物を倒すという今回の『秘密ダンジョン』の目的からすれば、まだ、半分も目標を達成し得ていないのだった。

  

 

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