【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.13 ハウロカーン


「待って、シップさん!」
 ひとり前に出るシップを、メルティが慌てて呼び止める。その声に、一瞬立ち止まると、
「私は、話さなければならない。確かめなければ――」
 いつもパーティーの最後方で皆を支える役に徹しているビショップは、今はひとり前に出て、振り返りもせずに答えた。
「シップさん……」
 そう声を掛けるのがやっとだった。
 硬い鎧に身を包んだビショップの背中から、有無を言わさぬ意志が溢れていた。それゆえ、誰もそれ以上引き止める声を発することが出来なかった。
 それからシップは再び前へと歩みを進めた。両側に並ぶ修道士には目もくれず、正面に立つ赤い法衣を纏った高僧へと――。まっすぐに。
 慈悲深い表情で見守る高僧の前まで進み、教会の礼に従ってひざまづく。それからうやうやしく頭を下げて、シップは口を開いた。
「ご無沙汰しております。ハウロカーン様」
 その様を赤い法衣の高僧は、優しい眼差しで見つめていた。神々しいほどの笑みを称えた口がゆっくりと開かれる。しかし、そこから発せられた言葉は、再会を喜ぶ台詞とはほど遠いものだった。
「何故、神聖なるガダーム・ギガスの神殿を騒がすのですか?」
「ハウロカーン様――」
 ひざまづいたままの姿勢で見上げると、昔と変わらぬハウロカーンの慈悲深い表情が見えた。しかし、その優しげな眼差しはシップを見ているようで、どこか焦点が合っていない。
「お忘れですか? かつて、ハウロカーン様に教えを請うたシップです」
 過ぎ去りし日々の思いを込めて呼びかけるが、赤い法衣を纏った高僧は、それに検討外れの答えを返した。
「そうです。我々は、今は『門』の向こう側で眠っている神聖なるガダーム・ギガスを起こすため、ここまで来たのです」
「ハウロカーン様?」
「教会の威信をかけて、今こそ『門』を開き神を降臨させるのです!」
 赤い法衣を身に纏った尊き高僧の目は、いまやこの世の何をも見ていない狂気の眼差しだった。
「馬鹿な。貴方が神と呼ぶガダーム・ギガスは、異界の魔物ではないですか!」
 シップの言葉に、ハウロカーンが怒気をあらわにする。
「忌々しいオルタノン派どもが!」
 慈悲深かった表情が、禍々しい憤怒のそれへと変わる。
「君らオルタノン派どもに何と言われようとも結構! 教会の実権を手に入れるためならば、我らはたとえ悪魔に魂を捧げることになろうとも崇拝する!」
「ハウロカーン様……」
 禍々しい邪気が、ハウロカーンと六人の修道士を包む。
「愚かな。権力を欲する余り異界の魔物に身も心も捧げるとは――」
 邪気に包まれ、いまやおぞましき魔人と化したハウロカーンが、両の腕を振り上げて叫んだ。
「我々を妨げる全ての者に死を!」
 その言葉を、修道士が唱和する。
「「「全ての者に死を!」」」
 ハウロカーンと同じく既に人では無くなった修道士が、ひざまづいたままのシップを取り囲んで襲い掛かった。
 邪気を纏った重い拳が、シップ目掛けて一斉に繰り出される。それを盾で受け止めるが、全てを防ぎきれるものではない。重厚な鎧の隙間をついて、何発かの拳が生身の身体にめり込んだ。
「シップさん!」
 メルティが自分の名を呼ぶのが聞こえたが、シップは息が詰まって返事をすることができない。
 そのとき、一本の矢が修道士の眉間を貫いた。サンダープレートに込められた風の魔力が発動し、雷鳴が轟く。間髪入れず、赤銅色の手斧が弧を描いて修道士どもを切り裂いた。
「ビショップのダンナ、今のうちにこっちへ!」
 スニークが放った大技『ダーティーフィーバー』に修道士が怯み、その隙にシップは囲みを振り切って仲間の元へと戻った。
「全ての者に死を!」
「「「全ての者に死を!」」」
 もう一度ハウロカーンが言うと、修道士どもがまたその言葉を唱和する。獲物を取り逃がしたことなどなかったように、ゆっくりと向き直る。
「アイツら、いったいなにをしているの?」
 弓使いのパラレルが思わず漏らしたのも無理はない。こちらに襲い掛かってくるとばかり思われた修道士は、しかし、その場に立ち止まり、己が負った傷口に自らの掌を当てていた。
 傷口に当てた掌が仄かな光を発する。
「やつら、傷を癒してやがる!」
 スニークが叫んだとおり、修道士の負った傷が見る間にふさがっていく。
「魔物に身を落としてさえ、身につけた癒しの技は忘れぬとは……。憐れな」
 かつての同胞の慣れの果てに、シップは思わず憐憫の情を込めて呟いた。
「相手が癒しの技を使うとなると、やっかいです。倒すのに時間がかかってしまう」
「ええ」
 アインの忠言に、リトルウィッチの少女は短く返し、
「ここは一気に攻めるわよ。RRさんとアインさん、シーフさんは大技で修道士を撃退ね。パラレルさんは取りこぼした修道士を殲滅して。私が魔人の動きを封じるから、フラウさんとゴーンさんは赤い法衣の魔人に集中攻撃してね。シップさんは癒しの技で支援をお願い」
 きびきびと跳ばした指示に全員がうんと頷き、すぐに行動に移った。
 膨大な『心の力』と引き換えに空中に召喚された燃え盛る隕石が、修道士どもに降り注ぐ。最終魔法『メテオシャワー』の爆音と閃光が辺りを包み、地面が振動する。
 スニークが放った赤銅色に輝く手斧が、目も眩む閃光の中に弧を描き、修道士どもを切り裂いた。致命傷を負った何人かの修道士の肉体が、はじけて空中に霧散する。
 そして、生き残った修道士にもパラレルの放った矢が無慈悲に襲い掛かり、雷鳴と共に魔物と化した肉体を滅ぼしていった。
「いっけー! テンツク、ドンツク、ゴンちゃん!」
「ウッキー!」
「ウッキャー!」
「だーよ!」
 フラウが奏でる物悲しい笛の音に従って、赤い法衣の魔人に二体の魔獣と、ついでにネクロマンサーのゴーンが取り付いた。
 大技を連発されて修道士を失ったハウロカーンが、大きく両手を上げてそれを迎え撃とうとする。しかし、その周りを数羽のシロウサギが円を描いて踊り、魔人をその場に縛り付けていた。
 ゴーンがネクロマンサーの妖しげな呪術を唱え、テンツクとドンツクが持ち前の素早さで次々と槍を繰り出す。それを仁王立ちで受け止める魔人の赤い法衣が、更に赤く染まっていった。
 と、噴き出す鮮血の中、ひと際大きく魔人の両手が上がった。
「全ての者に死を!」
 その叫び声と同時に、メルティたち全員に心臓が鷲づかみにされたような痛みが走った。一瞬にして体力の半分を奪った激痛に、シロウサギを操っていたメルティのバトンが止まる。
 自由の身となったハウロカーンが、行く手を阻む二体のファミリアとゴーンを押しのけ、忌々しいシロウサギの術を使っていたメルティへと迫った。
「メルちゃん!」
「メルティさん!」
「不思議ちゃん!」
 仲間たちが口々にリーダーを呼ぶ。それと同時に、二体の魔獣の槍が深々と突き刺さり、ゴーンのソードが魔人の背中をえぐった。パラレルの放った矢が赤い法衣の胸を貫通し、そして、赤銅色の手斧が魔人の首を跳ねた。
 夥しい量の血を撒き散らしながら、魔人の首がシップの足元へと転がる。
「ハウロカーン様……」
 かつて師事した高僧の名が、シップの口から思わずこぼれる。すると、足元の魔人の首と目が合った。
「久方ぶりですね、シップ司祭」
「ハウロカーン……様!?」
 魔人の首のかすれた声に、シップは驚愕した。一瞬、魔人の目がかつての慈悲深いそれに見えた。ひょっとして、自分は取り返しのつかない過ちを犯したのではないだろうか? そんな思いがシップの脳裏によぎる。
 しかし。
「ようやく、貴方の選んだ道が誤りだと気づいたのですね」
「……」
「今こそ、我らの手で『門』を開き、神を降臨させるときです! そして、教会の実権をオルタノン派どもから奪いとるのです!」
 その言葉をシップは無言で聞いていた。それから、右手に持った護身用のメイスをゆっくりと振り上げ、ひと思いに振り下ろした。魔人の首がグシャリと潰れ、それが塵のように霧散する。
「愚かな……」
 シップはメイスを振り下ろしたままの格好で呟いた。
 ほどなく、魔人の肉体も床に撒き散らした夥しい血も消え去り、後には何も残っていなかった。かつて師事した高僧を、己が手で葬ったシップの苦い思い以外に。

  

 

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