【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.12 ガダーム・ギガスの礼拝堂


「んでさ、この先の『ガダーム・ギガスの礼拝堂』のこと、オイラもいろいろと手をつくして調べたんだけど、どうにも判然としないんだよね。ここまでたどり着いたパーティーが少ない上に、話を聞いても覚えてなかったり。覚えてても話したがらなかったり――」
「それ、わかる――。私もそうだから」
 スニークの問いに答えたメルティの肩が微かに震える。
「私も、最後の魔物の姿は覚えてるんだけど――、ただ『怖い』ってイメージしか残ってないの」
「『怖い』ってイメージだけ?」
「うん……」
 メルティはコクリと頷いた。
「怖くて怖くて、毎晩、あの魔物の夢を見るの――。そして、最後は必ず『死』ぬのよ。毎晩、毎晩――」
 じわじわと心の底から恐怖が湧き上がる。それをリトルウィッチの少女は細い肩を抱いてぐっとこらえた。
「でも、大丈夫。この『秘密ダンジョン』をクリアすれば、もう怖い夢なんて見なくなる。きっと――。皆とならそれができるって、きっとできるって、私、信じてる!」
 それから、心配そうに見守る皆に向かって、メルティはいつものようにうふふと笑った。
「圧倒的な恐怖――。『闇の力』か」
 その話を黙って聞いていた『狂乱の魔術師』がおもむろに呟いた。
「『闇の力』? ですか?」
 支援ウィズのアインが聞き返すと、RRは小さく首肯した。
「知ってのとおり、我々ウィザードが使う魔法は、四つの元素に由来する。すなわち『火』『水』『風』『地』の四つだ。しかし、この世界にはあと二つの元素が存在する。ビショップが使う神聖魔法の源『光』と、残るひとつ――『闇』だ」
「『闇』って、ネクロマンサーが使う呪術の系統ですよね?」
 アインがもう一度聞き返すと、また小さく首肯してRRは続けた。
「『光』と『闇』の元素は、他の四元素とは異なる性質を持つ。即ち、精神への干渉」
「精神への?」
 鸚鵡返しに聞くアインに、
「心への干渉と言い換えてもいい」
 そう答えてから、RRは固唾を飲んで見守る皆の顔をひと通り見回した。
「圧倒的な『光の力』そして『闇の力』は、肉体へ影響するとともに、人の心へも干渉する。殊に『闇の力』は、恐怖、絶望、憎悪といった、負の感情で心を押し潰す。人ならば誰もが持つ『心の闇』を増幅してな」
 『狂乱の魔術師』が語る『闇の力』に、冷たい汗が流れる。
「『ガダーム・ギガスの礼拝堂』で何が起こったか、今は推測するしか術はないが、おそらく、最後の魔物は圧倒的な『闇の力』を解放したと考えられる。『闇の力』が解放され、心が押し潰されそうになったとき、リトルを初めとする挑戦者は最も安易な手段でそれを回避した。増幅された『心の闇』を忘却することでな」
「なるほど、それでメルティさんも、他の人たちも、皆『ガダーム・ギガスの礼拝堂』で何が起こった覚えていないのですね――」
 アインが呟いたのに、RRは軽く首肯すると、
「だが、『闇の力』がもたらす『心の闇』に対抗する方法は、忘却だけではない。それを、リトル、お前は既に知っている」
「え?」
 青い瞳を見開いて、メルティはRRを見た。
「私――が?」
「さっき、お前は皆となら、この『秘密ダンジョン』をクリアできると言った。そう信じていると。それが答えだ」
 『狂乱の魔術師』の二つ名で呼ばれるウィザードの瞳が、リトルウィッチの少女を見返す。
「信頼は『心の闇』に勝る。もし、この先で『闇の力』に肉体が蝕まれようと、心を蝕まれることはないだろう」
「信頼は『心の闇』に勝る――」
 その言葉を口の中で反芻するメルティに、RRは続けた。
「リトル、お前に渡しておきたいものがある」
「渡しておきたいもの?」
 小首をかしげて聞くと、RRはベルトポーチから小さな皮袋を放った。
「これは?」
「『フェニックスの灰』だ」
「え?」
 受け取った皮袋と、RRを交互に見比べる。
「『フェニックスの灰』って、『死』んだ者を蘇らせる、あの?」
「そうだ」
 驚いて尋ねるメルティに、RRが頷く。
「この先は、この『秘密ダンジョン』でも最も危険な領域だ。ようやくここまでたどり着いたパーティーも、皆、この先の礼拝堂で全滅している。しかも、皆、『闇の力』に屈し、最後の魔物はその姿と恐怖以外、忘却の彼方ときている。情報がない以上、この先何が起きても不思議じゃない」
 『狂乱の魔術師』の二つ名で呼ばれるウィザードが険しい目つきで続ける。
「もし、『死』んだとしても、その灰を振りかければ『フェニックスの羽根』と同じように『生』き返らせることができる。『フェニックスの灰』が優れているのは、『生』き返ったときに体力をほぼ元通りに回復してくれるところにある。その分、値段も張るがこの『秘密ダンジョン』にうってつけだと思わないか?」
「そんな大事な物を、なんで私に――」
「そんなの決まってるじゃん」
 今度は、スニークが口を挟んだ。
「不思議ちゃんがリーダーだからだよ」
「私が――、リーダーだから?」
 鸚鵡返しに言ったメルティの言葉に、皆が頷く。
「もしこの先、パーティーが危機に陥っても、我々は、リトル、お前を全力で守る。だからそれはお前が持つに相応しい」
「RRさん――」
 真っ直ぐに見つめるウィザードの名をメルティは思わず呟いた。
「そして、もし、我々が倒れても、お前ならばきっと立て直してくれる。お前が我々を誇りに思い信頼してくれていると同じように、我々はお前を信頼している。『フェニックスの灰』は我々の信頼の証だ」
 RRの言葉に、全員がもう一度頷いた。
「みんな……、ありがとう」
 手にした『フェニックスの灰』が入った皮袋をギュッと握り締めながら、その台詞を搾り出す。
「やっぱりリーダーはこうでなくちゃね。高貴な血が流れてると違うのかね」
 ちゃかしたようなスニークの台詞に、パラレルは古都でのことを思い出していた。生死をかけた土壇場では自分には人は着いて来ないと、そう言ってスニークは笑った。そのときのパーティー随一の曲者の笑顔は、どこか淋しそうだった。
 今、皆がリーダーと認めたメルティを見つめるスニークの笑みが、古都でのあの笑顔に重なる。
「スニーク……」
 複雑な思いが、パラレルの口からこぼれ出る。
 そのとき――。
「準備はいい? 行くよ!」
 メルティの掛け声に、皆がおうと応えた。
 その声に、パラレルの思いもかき消えた。

     ◇ ◇ ◇

 魔方陣のある広間から、地下二階へと降りてきた階段の反対側にある扉を入り、今まで攻略したふたつの礼拝堂と同じようにしばらく通路を行くと、急に視界が開けて大きな広間へとたどり着いた。
 広間の中には禍々しい妖気が漂い、奥の床があちこちひび割れて、瘴気が噴き出している。
 ここまでは、『ガイナスの礼拝堂』『ソドムブラーの礼拝堂』と同じだった。
 しかし、メルティたち冒険者を向かえたのは魔人ではなく、赤い法衣を纏った僧侶と、六人の修道士だった。
 赤い法衣の僧侶を正面に、その両側に三人づつ修道士が並ぶ。
「どうかしたんですか? メルティさん」
 急に立ち止まったのに、アインが問いかけると、
「あの男――」
 メルティは忘却の彼方へと飛び去った記憶を手繰り寄せるように、正面の僧侶の顔を見た。
「思い出した、あの男よ! あの赤い法衣の男が、この『秘密ダンジョン』の元凶にして、異界から最後の魔物を呼び出した男よ!」
 胸につかえていたものをようやく取り出したメルティの叫び声を、いつもは柔和で穏やかな表情のシップが渋面を作って聞いていた。
 教会でも高位の者しか纏うことを許されない、赤い法衣に身を包んだ僧侶。その僧侶の慈悲深い顔に、シップの視線は釘付けとなった。
「ハウロカーン様……」
 シップはかつて自分が師事した高僧の名を口にしていた。

  

 

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