【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.8 ソドムブラーの礼拝堂


「はー、酷い目に遭った」
 五体の魔人をたったひとりで引き付け、それらをやっとの思いで倒したスニークは、魔方陣のある広間まで戻ってようやくひと息ついた。
「すみません、ご迷惑かけて」
「うーん、まあ、結果オーライかな。支援ちゃんには普段から世話になってるんだし、気にしなくていいよ」
「でも……、すみません」
 スニークに気さくに言われても、アインは自分の迂闊さに恥じ入っていた。そして、今度こそ皆の足を引っ張るまいと思うのだった。
「でさ、次はどうするのさ、不思議ちゃん」
「さっきと同じよ」
「えッ?」
 メルティが即答したのに、スニークは怪訝な顔を返した。
「さっきと反対側にある『ソドムブラーの礼拝堂』も同じように、魔人ソドムブラーがいるの。中に入るとすぐにソドムブラーが配下の魔人を五体召喚するけど、それは放っておいていいわ。ソドムブラーさえ倒せば、最後の『ガダーム・ギガスの礼拝堂』に続く扉が開くから」
「いや、確かにオイラが調べたんでも、ソドムブラーだけ倒せばいいみたいだけどさ」
「前にこの『秘密ダンジョン』に来たときも、一斉攻撃であっという間に倒したの。今回も、皆で集中攻撃してソドムブラーを一気に倒せば大丈夫よ。残る『ガダーム・ギガスの礼拝堂』攻略の時間と物資を節約するために。ね?」
「うん……」
 歯切れの悪い返事をして、スニークはちらりとRRの方を見た。『狂乱の魔術師』の二ツ名で呼ばれる彼もまた、どこかひっかかるような顔をしていたが、しかし、何も言わなかった。
「礼拝堂に入ったら、私がソドムブラーの動きを封じるわ。ゴーンさんが低下の呪術をかけてファミちゃんで直接攻撃ね。パラレルさんとシーフさんで遠距離攻撃をお願い。シップさんとアインさん、RRさんはもしものための回復役よ。さっきみたいにメテオは撃たないでね。狙うのはソドムブラーだけだから」
 メルティの指示に、皆が首肯する。それを見届けてから、メルティは『ソドムブラーの礼拝堂』へと続く扉を開いた。
 一行が扉からのびた短い通路を抜け礼拝堂へとたどり着くと、やはりさっきと同じように、明々と照らされたかがり火の死角となった暗がりの中に異形の魔人がいた。
 青紫色のマントを羽織り、先端に大きな玉のついた杖を携えたその格好は、一見、魔術師のようにも見えた。が、しかし、その異形の顔と肢体が、明らかにこの世の者ではないことを示していた。
 礼拝堂の中に飛び込み、『ラビットラッシュ』の射程まで近づくと、メルティはくるくるとバトンを回して、ソドムブラーの周りで白いウサギを遊ばせた。
「ソドムブラーの動きは封じたわ。みんな、今よ!」
 メルティが叫ぶのと同時に、頭の中に声が響いた。
「(愚か者め、全てを地獄に落としてくれようぞ)」
 すると、礼拝堂のあちこちで妖気が集まり、コウモリのような翼を持った異形の魔人が五体、忽然と出現した。
 余りにも異形なその姿に、一瞬息を飲む。
「他は構わないで。ソドムブラーを倒して!」
 もう一度叫んだメルティの声に反応して、パラレルが矢を放った。肩口を射抜いた瞬間、『サンダープレート』に込められた風の魔力が発動し、雷鳴が轟き電流が走るはずだった。しかし、雷鳴はわずかに響き、電流もパチンと弾けただけだった。
「こいつ――、サンダープレートの魔力が効かない!?」
「アネさん、怯まないで。どんどん撃って!」
 ルインドライバーを放ちながらスニークが叫んだ声に、一瞬我を忘れていたパラレルは、気を取り直して矢を放った。
「いっけー!」
「ウッキー!」
「ウッキャー!」
「だーよ!」
 フラウの奏でる物悲しい短調の笛の調べに乗って、テンツクとドンツクと、ついでにネクロマンサーのゴーンがソドムブラーに取り付く。
 二体の魔獣の槍とゴーンのソードが、異形の魔人の身体を貫いた瞬間、異変が起こった。
 ゴーンたちの足元から数十本の肉色の触手が伸び、それがまるで獲物を仕留める蛇のように、ネクロマンサーと二体の魔獣に絡みついたのだ。
「テンツク! ドンツク! ゴンちゃん!」
「――動けないだーよ」
「ウキー……」
「ウキャー……」
 フラウが悲鳴にも似た叫び声を上げたときには、既に自由を奪われ、身動きが出来なくなっていた。
 おぞましい肉色をした触手が、ゴーンとファミリアを締め上げる。それにつれて、触手の魔力が命を削り取っていく。
「(このワシを怒らせるとは。全員、地獄に落ちるがいい)」
 もう一度、ソドムブラーの声が頭の中に響き、それに呼応してコウモリの翼を持った五体の魔人の目が赤く光った。
 そして――。
 次元の間の異空間である『秘密ダンジョン』の中に、冷たい吹雪が吹き荒れた。礼拝堂の淀んだ空気が凍え、吹雪に込められた水の魔力が、冒険者たちの体力をどんどん削る。
「ナニ? なんなのこれ!?」
「ブリザードだ――」
 困惑するメルティに、RRが答える。その間にも、冒険者たちに冷たい吹雪が降り注ぐ。シップの唱える『パーティーヒーリング』の呪文がじわじわと全員の体力を回復させるが、ブリザードの魔力に削られる速度の方がそれを上回っていた。
「支援君、アスヒを!」
「やってます!」
 シップのパーティーヒーリングでは回復が間に合わないと見るや、二人のウィザードはアースヒールの呪文を唱えた。しかし、三人がかりで回復呪文を駆使しても、五体の魔人が放つブリザードの威力には、抗いようもなかった。
「まずいよ、不思議ちゃん! このままだと全滅だよ!」
 スニークの叫びに、メルティは喉まで出かかった台詞を飲み込んだ。「知らない。前に来たときにはこんな状況はなかった。どうしていいのかわからない。誰か助けて!」という台詞を。
 この窮状を誰かに助けてもらいたい。しかし、今は自分がリーダーなのだ。助けてもらうのではなく、自分が皆を助ける立場なのだ。ならば、泣き言など言ってはいられない。自分が決断しなければ――。
 メルティは意を決して口を開いた。
「一旦引くわ。引いて体制を整えるの」
「ちょっと、待ってください!」
 その決断にアインが異を唱えた。
「動けない、ゴーンさんと、ファミリアはどうするんですか!?」
「――置いていくわ」
「そんな……」
 メルティらしからぬ非情な言葉に、一瞬声を失う。
「体制を整えて、必ず助けに来るわ。だから、ここは一旦引いて――」
「ヤダッ!」
 今度はフラウの叫び声が、メルティの台詞を遮る。
「ゴンちゃんも、テンツクも、ドンツクも、置いてなんて行けない!」
 すると、締め付ける触手に呻きながら、ネクロマンサーのゴーンが言った。
「オラのことはいいだーよ。メルちゃんの言うとおり体制を整えるだーよ」
「ヤダよ、ゴンちゃん……」
 まるで幼い子がいやいやをするように、フラウが首を振る。
「ゴンちゃんを置いてなんて行けないよ!」
「なら仕方がないわ」
「メルちゃん」
 自分の訴えにメルティが考え直してくれたのかと、フラウは一瞬喜んだ。しかし、次にメルティが発したのは全く逆の台詞だった。
「リーダーの命令が聞けないのなら、フラウさん、貴女も置いていくわ」
「メルちゃんヒドイッ!」
 フラウの涙声にも、しかし、メルティは怯まなかった。
「今、全滅するわけにはいかないの。行くわよ、みんな」
 踵を返し、元来た道へと戻るメルティに、アインが言った。
「メルティさん。貴女の言うことが正しいのかも知れない――。でも、自分は目の前の仲間を見捨ててなんて行けない」
 支援ウィズ・アインの声をメルティは背中で聞いた。
「自分もここに残ります」
 その悲痛な言葉に、しかし、メルティは振り返らなかった。

 

 

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