【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.6 タイムリミット


「では、どうあっても野にくだり、冒険者になるというのですね、シップ司祭」
「はい」
 かけられた慈悲深い声に返事をすると、シップは声の主をまっすぐに見つめた。視線の先の高僧が、声と同じ慈悲深い眼差しで見つめ返す。
 赤い法衣は教会の高位の者しか着ることを許されない。普段からよほどの節制と鍛錬を積んでいるのだろう高僧は、赤い法衣が似つかわしくないほど若々しかった。が、しかし、全身から漂う慈悲ゆえに、その高貴な法衣が似合っていた。
「貴方のような前途有望な若い司祭が、オルタノン派の世迷言に心を乱されるとは、残念です」
「いえ、そうではありません――」
 シップがかぶりを振る。
「私は自分で考えたのです。確かに、教会で迷える人々に道を示すのも大事なことだと思います。ですが、私はもっと直接人々の役に立ちたいのです。そして、魔物が闊歩するこの世界で、どうすれば少しでも人々を救えるかを考えたのです」
「自分で考えて出した結論が、冒険者に身をやつし、神の奇跡を行使して魔物を倒す手助けをすることですか」
「はい――」
 高僧の目をまっすぐに見て答える。
「それこそ、オルタノン派の主張だということを貴方は知っていますか?」
「はい、存じています」
 もう一度答える。
「では、その誤まった主張に踊らされた多くの若い司祭が冒険者に身を落とし、魔物を倒すのに加担しているというのに、一向に魔物が駆逐されないのを知っていますか?」
「存じています。しかし――」
 教会の高位の僧に反論めいたことを言うのに、一瞬ためらいを覚えるが、シップはそれをひと息に飲み下して続けた。
「私はこうせずにはおられないのです。今、自分で行動しなくてはいられないのです」
 まっすぐに見つめるシップの目には、固い信念があった。
「わかりました。もう止めますまい」
 見つめ返す高僧の目に、少しばかりの落胆の色が見える。
「ですが、この先もし貴方の選んだ道が誤りだと気づいたなら、もう一度私の元においでなさい」
 慈悲深い微笑みを浮かべる高僧に、シップは深く頭を下げた。
「ありがとうございます。ハウロカーン様」

     ◆ ◆ ◆

「どうかしました? シップさん」
 アインの声に我に返る。
「あ、いえ、なんでもありません」
 そう答えても、シップは地下一階の礼拝堂で聞いた名前が頭から離れないでいた。かつて自分が師事し、教えを請うた高僧の名を――。
「シップさん、疲れているんじゃないですか?」
「いえ、そんなことはないですよ。大丈夫です」
「疲れていても無理もないですよ。ノンストップで広間にいた魔物の群れを全滅させ、四つの礼拝堂を攻略したんですから」
 そのとおりだった。
 やっとの思いで魔物だらけの大広間と四つの礼拝堂を攻略し、ようやく地下二階へと降りてきたばかりなのだ。ことばどおり、疲れていたとしても無理はないことだった。
「シップさん、メルティさんに頼んで少し休ませてもらいましょうか」
 アインが心配してシップの顔をのぞきこんでいる丁度そのとき、メルティの指示がとんだ。
「アインさん、シップさん、一分で全員に支援魔法をかけ直してね。皆はその間に息を整えて」
「一分ですか?」
 やっと地下二階へと降りてきたばかりだというのに。性急な指示にアインは眉をしかめた。
「ちょっと待ってください、メルティさん。皆、ここまで命がけで走り回って来たんです。少しは休んだほうが」
「アインさん、ゴメン。休んでいる時間はないの」
「でも――」
「ほんとに時間ないの。お願いッ!」
 メルティに念を押されても、アインが逡巡していると、
「しょうがないなぁ、支援ちゃんは。何も知らないんだから」
 横から、スニークが声をかけた。
「どういうことです?」
「説明するけどさ、不思議ちゃんの言うとおりマジ時間ないから、支援魔法をかけながら聞いてよ」
「はあ」
 不承不承同意し、アインはパーティーのメンバーに向かって順に支援魔法をかけていった。風の魔法『ヘイスト』を唱えると、まるで羽根が生えたように身体が軽くなって素早さが増した。次いで武器に『ファイヤーエンチャント』の呪文で炎の魔力を付加し、攻撃力を増す。
「オイラたち冒険者がこの『秘密ダンジョン』にいられるのは、三十五分だけなんだ」
「三十五分?」
「うん。って、支援ちゃん手を止めない」
 思わず聞き返して支援魔法をかける手が止まったのを咎められると、アインはひと言謝ってから作業を再開した。それを見届けひとつ小さく咳ばらいをして、スニークは説明を続けた。
「この『秘密ダンジョン』に侵入してから三十五分経過すると、オイラ達は強制的に元の『暴かれた納骨堂』にはじき出されるんだ。ちょうど、悪くなったゆで玉子を食べて、お腹がくだるときみたいにさ」
「悪くなったゆで玉子?」
 スニークの言葉に、フラウが目を丸くする。
「そんなの食べたら、お腹痛くなるの当たり前じゃない。コソドロさんったら、食いしん坊なんだから」
「そうだーよ、食いしん坊のお腹ピーピーだーよ」
「いや、オイラだってそんなの食べやしないよ。そうじゃなくてさ」
 フラウとゴーンが顔を向き合わせて、ねーと言っているのを、慌てて否定する。
「例えは悪かったが、コソドロの言うとおりこの『秘密ダンジョン』にとって、我々侵入者は異物だ。制限時間が来る前にこの地下二階に潜む最後の魔物を倒さなければ、強制送還される。ただでさえ強力な魔物が巣食っているのに加え、三十五分という時間制限が、この『秘密ダンジョン』をして、難攻不落と言わしめているゆえんだ」
 RRがスニークの説明をフォローすると、
「――ってことよ。皆わかったかな?」
 それをちゃっかり自分のことのようにして、スニークが皆に念を押す。
「はーい!」
「わかっただーよ!」
 スニークに答えて、フラウとゴーンが元気に返事をした。
「ゆで玉子を食べるときは気をつけまーす!」
「だーよ!」
 ちっともわかってないよとスニークが頭を抱えた。
「でも、そんな情報どうやって調べたんです?」
 また咎められないように支援魔法をかけながらアインが聞くと、
「うん、まあ、蛇の道はへびってね。方法なんていくらでもあるもんさ。ね、メテオのアニキ」
 そうスニークがRRにお鉢を回すと、『狂乱の魔術師』の二つ名で呼ばれるウィザードは、「さてな」と言ってそっぽを向いた。
 確かに、抜け目の無いスニークとRRならば、それぐらいの下準備はしてくるだろう。しかし――。
「メルティさんも、この『秘密ダンジョン』のこと、事前に調べたんですか?」
「私?」
 今までのメルティなら、下調べなどしなかった。どちらかというと、流れに任せて漫然と着いていくタイプだった。それが、今回に限ってはRRたちと同じぐらい、この『秘密ダンジョン』に精通している。
 一番妙なのは、メルティがリーダーに名乗りを上げ、皆を集めたことだった。
「パーティーのリーダーなら、下調べするのも当然なのかも知れませんが、どうにも今までのメルティさんのイメージと違うので――」
「私は……」
 アインの問いかけに、メルティは言葉を詰まらせてうつむいた。しかし、それもほんのひと呼吸分で、すぐに顔を上げるとうふふと笑ってから、
「アインさん、私がリーダーだとおかしい?」
「いえ、そんなことは――ないです」
 逆に問いかけられて一瞬戸惑うが、口にした答えは本当だった。今までのメルティのリーダーぶりは、充分と言えた。
「おかしくなんかないです。立派にリーダーの役をこなしていると思います」
「ありがとう、アインさん」
 正直に答えた支援ウィズに礼を言ってまたうふふと笑うと、リトルウィッチの少女は言葉を続けた。
「私ね、前にこの『秘密ダンジョン』に来たことがあるんだ。だから、私が知っていることは、全部、前に経験したことなの」
「そのときのパーティーは、どうなったんですか?」
 咄嗟に口に出してから、アインはあっと口を押さえた。
 ここは難攻不落の『秘密ダンジョン』。今まで攻略したパーティーはひとつもないのだ。ならば、答えは容易に想像できた。
「運良く最後の魔物までたどりついたけど――全滅したわ」
 メルティの答えに『秘密ダンジョン』の淀んだ空気が、さらに重くなった気がした。
「みんな、街に『帰還』して、気がついたら私ひとりだった……。そして、私も最後の魔物の前に力尽きたの」
「メルちゃん……」
 ビーストティマーのフラウが、ぐっすんと鼻をすする。
「だから、これは私のリターンマッチなの。みんな協力してね☆」
 そして、メルティはいつものようにもう一度うふふと笑った。
 そう言えば、今日は彼女のこの笑顔をあまり見かけなかった。きっとリーダーの大役に彼女なりに緊張していたのだろう。皆がそう推測していると、アインとシップが支援魔法をかけ終えたことを告げた。

 

 

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