【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.3 大聖堂での密会


 静かだった。
 まるで閉ざされた空間の中で、わずかに空気が流れる音が聞こえる程、大聖堂の中は静かだった。
 突然、入り口の扉がギーと鳴って開き、沈黙を破る。もう一度ギーと扉を閉めてから、シップは大聖堂の奥へと歩みを進めた。そして、一番奥で待つ豪奢な法衣を纏った老人の前に出ると、礼式に則って片膝を着き、うやうやしく頭を下げた。
「お呼びにより参上しました、ジョセフ三世猊下」
「頭をお上げなさい、シップ司祭」
 老人の声にシップが顔を上げる。それを年老いた痩せた高僧が、慈悲深い顔で見下ろしていた。
「私のような冒険に明け暮れる者をわざわざ猊下のような方がお呼びになるとは、どのような御用向きでしょうか」
 その問いかけに年老いた高僧は暫くの間シップを見つめる。それから、ゆっくりと視線を色とりどりのステンドグラスへと転じ、ようやく口を開いた。
「例えばの話です」
「例えば――」
 老人特有のしわがれた声で発せられた言葉を、シップは思わず口の中で繰り返した。ジョセフ三世は例え話をするために、自分をわざわざ『神聖都市アウグスト』の大聖堂まで呼びつけたとでも言うのだろうか。
「人は三人寄ると派閥ができるといいます。それが人というものです。それが人の世というものです」
「はぁ」
 何を言わんとしているのか訳が分からず、気の抜けた返事をする。
「しかし、それは俗世に限ったこと。神の御名の下に集いし我が教会の同胞に限っては、そのようなことはあり得ません。しかし――、です。例えば、我が教会内にも考え方の違いにより派閥があったとしましょう」
 そこまで聞いて、ようやく得心する。
 ひとつの教義、経典を頂く教会は、皆等しく同じ考えでなくてはならない。少しでもズレがあったのでは、多くの信者を導くことなど出来はしない。それが建前の上だけであっても、教会は一枚岩でなければならないのだ。
 だが、事実はそれとは違う。教会の聖職者と言えど結局は人。様々な思惑により、派閥に分かれるのが道理。主流であるオルタノン派を筆頭に、いくつもの派閥に分かれているのが現状なのだ。
「そして、その中に過激な考え方をする一派があったとしましょう」
 ひとつ大きく頷き、シップは自分がようやく話を受け入れる準備ができたことを示した。
「彼らは神の力を借りて、聖なる魔法を行使するだけでは飽き足りませんでした。野に下った多くの司祭が、さまざまな神の奇跡を、聖なる力をこの地上にもたらしているというのに、世界に徘徊する魔物は一向に減る様子もないのですから――。それをもどかしく思うのも無理のないことかも知れません」
 ジョセフの言うとおりだった。
 多くの司祭が野に下り、冒険者に身をやつして、いくら神聖魔法を駆使しようとも、まるで海から海水を汲み上げるように、世に溢れる魔物の数は減る様子が無かった。
 神聖魔法を行使し、直接的に人々の役に立つことは、オルタノン派の教えのひとつだったが、好転しない現状を誰もが大なり小なり憂いていた。
 そんなオルタノン派の教義に異を唱える教えを支持していた時機が、かつてシップ自身にもあった。
「業を煮やした彼らは、より神の威信を高めるために、更に神の力を地上に具現化しようと考えたのです」
 天井を彩るステンドグラスの更にその向こうを見据えて、ジョセフが続ける。
「更なる神の力の具現化、すなわち、神の降臨を」
「神の降臨――」
 鸚鵡返しに呟いて、シップはゴクリと生唾を飲んだ。オルタノン派に異を唱えるとは言っても、そこまで大それたことを考える一派があったとは驚きだった。
「彼らは地下へと潜り、密かに研究を進めました。何年もの時間を費やして試行錯誤を繰り返し、そして、遂に『門』を開くことに成功したのです」
「では、神は降臨したのですか?」
「いいえ」
 シップの問いかけに、老いた高僧はゆっくりと首を横に振った。
「彼らが開いた『門』は天界へとは続いてはいませんでした。天界とは別の異界へと続いていたのです。しかし――」
 ジョセフの眉間に深い皺が刻まれる。
「しかし、彼らは自らの努力が徒労であったのを認めらませんでした。『門』が天界へ続いていると信じ、そして、『門』を通って現れた異形の物を神『ガダーム・ギガス』として崇めたのです。禍々しき異界の魔物を――」
「なんと愚かな!」
 思わず声を上げたシップをジョセフ三世はゆっくりと見つめた。
「そうです。もし、この話が本当ならば、全く愚かなことです」
 普段は温厚で慈悲深いであろう年老いた高僧の目が、鋭くシップを射抜く。
「そして、もし、この話が世に広まったとしたら、教会の権威は失墜します。それだけはなんとしてでも阻止しなければなりません」
 シップはもう一度ゴクリとツバを飲み込んだ。
「それで、私はどうすれば――」
「シップ司祭、貴方はお仲間と一緒に随分といろいろな『秘密ダンジョン』を攻略されてきたそうですね」
「はあ」
 ジョセフ三世が急に話題を変え、まるで世間話でもするように話すのに面食らう。
「そう言えば、古都ブルンネンシュティングの近く、『暴かれた納骨堂』に新しい『秘密ダンジョン』が見つかったそうですね。なんでも難攻不落の『秘密ダンジョン』だとか。いかがですか、今度挑戦してみては」
 確かに冒険者の間では、納骨堂の新しい『秘密ダンジョン』の話題で持ちきりであった。しかし、なぜそれが遠く離れたこの神聖都市アウグストから一歩も出ることのないジョセフ三世が知っているのだろうか。
「そして、もし、偶然にもその『秘密ダンジョン』で『ガダーム・ギガス』と遭遇したならば、異界へと通じる『門』と一緒に、封じていただきたい。いや、その『秘密ダンジョン』ごと封じていただきたいのです。教会にとって悪い噂がたつような、不都合なモノが残らないように」
「では――、納骨堂の『秘密ダンジョン』こそ、その一派が異界へと通じる『門』を開き、『ガダーム・ギガス』を召喚した地だとおっしゃるのですか、猊下!」
「例えばの話です」
 ジョセフ三世はあくまでも例え話であることを強調するが、最早それが事実であることは明白だった。
「神の御名の下に約束していただけますか、シップ司祭。もしも偶然『ガダーム・ギガス』と遭遇したならば、それを倒し、『秘密ダンジョン』ごと『門』を封じると」
 約束という言葉を使ったが、それは教会の上位に位置するジョセフ三世から、一介の司祭であるシップに下された命令であった。
「もしもの折には、必ずや猊下の意志に沿うこと、神の御名の下お約束いたします」
 そう言ってシップが再び深々と頭を下げるのを、年老いた高僧は満足げに眺めた。
「頭をお上げなさい、シップ司祭。実は貴方にちょっとした贈り物があるのです」
「贈り物――、ですか?」
「そうです。もしものときのためのちょっとした贈り物です」
 シップが頭を上げると、いつの間にか目の前に大きな箱が置かれていた。
「お開けなさい」
 命ぜられるままに箱の蓋を開けると、中には美しい布で作られたマントと、一本の巻物が入っていた。
「そのマント『ホーリーストール』は、邪気を退けます。貴方の身を悪しき力より守ってくれることでしょう。それと、その巻物ですが――」
 ジョセフ三世が、一層声を潜める。
「――その巻物は『禁書』です」
「『禁書』ですか?」
「そうです」
 ゆっくりと頷く。
「貴方が、貴方と貴方のお仲間が危機に陥ったとき、この巻物の力が必ずや役に立つことでしょう」
「ありがとうございます、猊下」
 シップは礼を述べて、また深々と頭を下げた。

     ◇ ◇ ◇

「そろそろ姿を現してはどうです。バトラー卿」
 シップが辞去した後、ひとり大聖堂にたたずむジョセフ三世が唐突に声をかけた。
「見破られていましたか」
 何もない空間から声がする。
「しかし、『卿』は止めていただきたいですな、猊下。今は騎士でも貴族でもない、一介の執事ですので」
 そう言って『姿隠し』の指輪を外すと、老執事は忽然と姿を現した。
「では、バトラー殿。依頼どおり貴殿が持ち込んだ『禁書』をシップ司祭に渡しましたぞ」
「感謝いたします、猊下」
 老執事がうやうやしく頭を下げる。
「何、こちらには、こちらの都合がありましたので――。これでおてんばな姫様の役に立つのならば、一石二鳥というもの」
 深い皺を刻んだ慈悲深いジョセフ三世の顔に、笑みが浮かんだ。
「しかし、よもやあの者が、ガダーム・ギガスを降臨させようとは――。かつての理想主義者がどこで道を誤まったのやら」
 心底残念そうに、バトラーが言葉を紡ぐ。
「それに、今の司祭は、かつてあの者を師事していたというではありませんか。因果という他ありませんな」
「バトラー殿」
 ジョセフ三世がバトラーの台詞をやんわりと遮った。
「念のため申し上げておきますが、あの者のことは金輪際口にせぬように願いたい。記録は全て抹消し、過去も未来も、われらが教会とは一切関わりのない人物ですから」
 慈悲深い笑顔の奥から鋭い目で見つめる。
「ここで見聞きしたことも、全て他言無用に願います」
「わかっております、猊下。こちらも取引が禁止されている『禁書』を猊下に託したのですから。王家の者が『禁書』に関わっているなど、大変なスキャンダルに成りかねません。あの者のことも、ガダーム・ギガスのことも、この件に関しては全てに口をつぐむ他ありますまい」
 今度はバトラーが鋭い目でジョセフ三世を見つめた。

 

 

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