【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.2 憂鬱な日


  くるくると回すバトンの動きに合わせて、数羽のシロウサギが輪になって踊る。その中心で巨大なトカゲのような魔物が、ぐるると地を這う唸り声を上げる。毒々しい青色をした魔物の目の無い顔が、忌々しげにシロウサギの輪を追う。
 リトルウィッチの魔法により出現したシロウサギたちは踊り続け、踊り続けることにより魔物を輪の中心から一歩も動けなくしていた。
「私が足止めしてるから、早く! 早くコイツを倒して!」
 手にしたバトンでシロウサギを躍らせながら叫ぶメルティの声に、しかし、応える声はなかった。
「早くして! 早く……」
 悲痛な叫びもそこまでで途切れる。
 バトンを振りつつ辺りを見回すと、屈強な戦士も、高慢なウィザードも、頑強なビショップも、誰もいなかった。
 たったひとりだった。
 『秘密ダンジョン』に侵入したときには八人のパーティーだったのに。九死に一生を得、ようやく最後の敵までたどりついたというのに。皆、『秘密ダンジョン』から離脱していた。皆、『死』んで街へ『帰還』していた。何も告げず、先頭に立って必死に足止めをする彼女を残して――。
 今、リトルウィッチのメルティはたったひとり『秘密ダンジョン』に取り残され、バトンを振っていた。
 誰の援軍もなく、ただひとり。
「誰か倒して……」
 輪になって踊るシロウサギが涙で揺らぐ。
「誰か……、助けてよ」
 涙声でつぶやくメルティに、青い巨大トカゲが目の無い顔を向ける。じらすようにゆっくりと大きな口を開き、咆哮を上げる。この世のものではない魔物の声に身がすくむ。
 そして、また禍々しき『闇の力』が、残ったメルティの命を吹き消した。

     ◆ ◆ ◆

 はっと目が覚める。
 それと同時に勢いよく上体を起こす。
 心臓がどきどきする――。足りなくなった酸素を必死で取り込み、荒くなった呼吸を整える。しばらくそうしていると、ようやく自分が居心地のいいふかふかのベッドで、いい香りのする羽毛布団をギュッと握りしめているのに気づいた。
「夢……、またあのときの……」
 全身が脂汗でべたべたして気持ちが悪い。
 まだ、心臓がどきどきするのを収めようと自分に言い聞かせる。あれは夢。悪い夢だと。あんなことはもう起こりはしない。このビガプールの屋敷に居れば、『秘密ダンジョン』に行きさえしなければ、もう二度とあんな怖い思いをすることはない。
 不意に頭の上がらパサリとタオルを被されて、視界を奪われる。
「随分と怖い夢を見たようね、これで汗を拭きなさい。おちびのお姫様」
 どこかで聞き覚えのある声に慌ててタオルを取り去ると、ベッドの脇にメイド姿の少女がいた。
 朝日を浴びてキラキラと光る金色の髪に、雪のように白い肌。どこか冷たい感じのする蒼い瞳がじっとこっちを見つめている。
「ス、スノウ!?」
 確かスノウは冒険者を引退したはず。あの小憎らしいビーストテイマーの顔を二度と見ることはないとせいせいしていたのに――。それが今、こうして目の前にいる。
 スノウの見下したような冷ややかな視線に、逆に全身の血が沸騰するのをメルティは感じた。
「なんで貴女がメイドの格好してここにいるのよ、おちびさん!」
「あら、今は貴女の方が小さいじゃない、おちびのお姫様」
「な、ん、で、すってー! 私は大人よ!」
 今は抜群のプロポーションを誇るリトルウィッチではなく、十歳ぐらいの小さな女の子の姿なのに、頭に血が上ってそんなことすら忘れて叫ぶ。
「大人のレディーは、怖い夢を見て泣いたりしないものよ」
「誰が泣いてなんか!」
 慌てて寝巻きの袖でグイと両目拭い、スノウをひと睨みする。それからおもむろにピョンとベッドから飛び降りると、小さなメルティは部屋の出口まで走り扉を開け放った。
「バトラー!」
 屋敷の長い廊下に、老執事を呼ぶ声が響いた。
「バトラーはどこ!?」
 叫びながら廊下を走り、並ぶ扉をひとつひとつ開ける。
「バトラー!」
「おはようございます、姫様。今日はよい日和でございます」
 ようやく見つけた老執事は、のん気に朝食後の紅茶を楽しんでいるところだった。
「バトラー! なんであのコがうちにいるのよ!」
「あのコ? あぁ、新しく入った姫様専属のメイドのことでございますね」
「私専属って――」
「早速気に入られたようで、ようございました」
「誰が気に入ったりするもんですか!」
 怒りのあまり、握った拳がわなわなと震える。
「お言葉ですが姫様、お屋敷に戻られてからというものずっと塞ぎこんでおられた姫様が、あのメイドをつけた途端、こうして朝から大声を上げて元気に走り回っていらっしゃる。レディーとしてはいかがかとは存じますが、部屋に閉じこもって膝を抱えておられるよりはずっとマシでございます。それだけでもあのメイドを雇った甲斐があったというもの」
「バトラー……」
「皆、姫様のご様子に気を揉んでいたのでございますよ」
 そのとき初めて自分の態度が、バトラーを始め屋敷の者一同に心配をかけていたことに気づく。
 でも――。
「バトラー、私、怖いのよ」
「何がでございますか?」
 柔らかな物腰の老執事の、その視線だけが鋭くメルティを見据える。
「『秘密ダンジョン』がよ。ひとり取り残されて、魔物に命を削られて、『死』んで無様に街に『帰還』したんだから。毎晩、あのときのことを夢に見て飛び起きるの。怖くて、怖くて、仕方がないのよ!」
「黙らっしゃい!」
 大音声に耳がキーンとなる。しかし、そんなことは委細構わず老執事は続けた。
「姫様、王族がそんなことでどうします。国を治めるには『秘密ダンジョン』よりも困難で厳しいことがあるのですぞ。民草を生かすも殺すも王の決断にかかっているのです。それがたった一度失敗したぐらいで怖いなどと、情けない」
「でも……」
 バトラーは何かにつけ、王族、王族と言って嗜める。確かに王族には違いないが、王位継承権十一位となれば、もうないのと一緒だ。
 だのに――。
 老執事の叱責に、両目にじわりと涙が浮かぶ。
「不肖、このバトラー、姫様をそんな腑抜けにお育てした覚えはございません」
「バトラー……」
「自室にお戻りになって、そこのところをとくとお考え召され」
 そう言うと老執事は顔を背け、取り付く島も与えなかった。仕方なくとぼとぼと廊下を歩いて自室に戻ると、メイド姿のスノウが迎えた。
「さっさと着替えて顔を洗いなさい、おちびのお姫様。それから朝食よ」
「スノウ、私……」
「何よ、おちびのお姫様」
「私、どうしたらいいかわからない」
 スノウが冷ややかな眼差しで見つめる。
「貴女、納骨堂の『秘密ダンジョン』で手ひどく失敗したそうね。仲間に見捨てられ気がついたときには貴女ひとりだったんですって?」
 不本意ながら、こくりと頷く。
 冒険者が『死』んだとき、『生』き返る方法は二つ。ひとつは誰か別の冒険者に魔法やアイテムで『生』き返らせてもらうこと。そして、もうひとつは、『契約』に従い街に『帰還』して『生』き返ること。
 後者を選べば、当然ながら『死』んだ冒険者は戦線を離脱することになる。人数が減ればパーティーの戦力は大幅にダウンする。
 だから、駆け出しの冒険者ならばまだしも、メルティたちほど熟達した冒険者は、『死』んでも街に『帰還』することを選んだりはしない。
 まして、危険の多い『秘密ダンジョン』探索のパーティーならば尚更だ。
「大方、よく知りもしない物見遊山のパーティーにでも飛び入りしたんじゃない」
 当たりだった。
 スノウが言ったとおり、古都で「納骨堂『秘密ダンジョン』探索パーティー、メンバー募集、あとひとり」の『叫び』に、慌てて申し込んだのだ。
 見も知らないパーティーに飛び入りし、その結果、『死』んだ仲間たちは、ひとり、またひとりと街へ『帰還』した。
 たったひとり、メルティを残して。
 そして――。
 パーティーは全滅した。
「あの『秘密ダンジョン』は危険よ、お互いによく知りもしないメンバーじゃ逃げ出すような者が混ざっていても仕方が無いわ。まずは信頼のおける既知のメンバーじゃないと」
「でも、そんな都合よく知り合いのパーティーなんてなかったんだもの」
「あら、そんなの簡単よ」
「え?」
 思いもよらぬスノウの返答に、聞き返す。
「ないなら作ればいいのよ」
 元ビーストテイマーのメイドは、冷ややかな眼差しを向けながら続けた。
「貴女がリーダーになって、『秘密ダンジョン』探索のパーティーを作ればね」

 

 

<<前へ                        <戻る>                     次へ>>