【リプレイ風小説 第7話 再戦(リターンマッチ)】

 

ACT.1 古都の噂


 穏やかな日だった。
 暖かな日の光は燦々と降り注ぎ、地上に住まうもの全てに無償の恩恵を与えていた。もしここが、見渡す限りの大草原だったら、或いは見渡す限りの麦畑だったら、きっとこの天からの恵みに感謝の祈りを捧げるところだろう。しかし、都会の喧騒は人々にそんな当たり前のことを忘れさせる。
 古都は穏やかな日差しの中、今日も人であふれ返っていた。
 大通りの両側には、大陸のあちらこちらから集まった冒険者が、命を懸けて勝ち取った戦利品を並べ、即席の露店商を開いている。その露店商から自分の必要な物を買い求めるのもまた冒険者。そうやって戦利品を売った金を元手に新たな冒険への装備をそろえる。
 『古都ブルンネンシュティング』は、冒険者の集う拠点のひとつだった。
 いつも賑やかな古都だったが、しかし、ここ暫くは何かが違っていた。空気というか、雰囲気というか、そんな目に見えないものが違う。街を行き交う人々が、殊に冒険者の多くが、険しい顔をしている。あの『秘密ダンジョン』の噂が冒険者の間に蔓延してからというもの――。
「あれ、アネさんじゃん!」
 古都に漂う重苦しい雰囲気のかけらも感じさせない声に振り向くと、黒装束に身を固めた男の人懐っこい笑顔があった。
「久し振りね、スニーク」
 振り向いた拍子に短くまとめた茶色い髪が、ふわりと頬にかかる。それを軽く指で直すと、弓使いのパラレルは昔馴染みのシーフを見つめた。
 大理石のように滑らかな肌に、整った顔立ち。彼女のとび色の瞳で見つめられたならば、大概の男は言葉を失い魅入ってしまうだろう。
 だが、生憎とパラレル本人はそれを自覚していない。自覚していないが故に始末が悪い。その気も無いのにだれかれ構わず、魅惑的な瞳で見つめてくるのだから、男はたまったものではない。
 もっとも、こっちもパラレルとは長い付き合いだ。美貌の弓使いが色恋より魔物退治にご執心なのは先刻承知している。彼女のその美しい容姿にも増して、華麗にして苛烈な弓使いの技は、スニークも一目おくところだった。
 そんなわけで、スニークは笑顔の下でひとつため息を飲み込んでから、美しきパラレルの瞳に「久し振り」と返した。
「貴方に古都で遭うとは思わなかったわ、スニーク。もうとっくにアリアンに拠点を移していたじゃない?」
 そんなスニークの気など露知らず、美貌の弓使いは尋ねた。
 古都ブルンネンシュティングと並んで冒険者の集う拠点のひとつ、『砂漠都市アリアン』。比較的物価が安く、どちらかと言えば周辺に現れる魔物の類も弱い古都が駆け出しの冒険者の拠点であるのに対し、アリアンはより強力な魔物を求め、より高価な戦利品を求める冒険者の拠点であった。
 それなりの腕前に成長し、アリアンへと拠点を移したはずのスニークが、いまどき古都にいるのには相応の理由があるに違いない。
「うん、まあね。いろいろあってね。調べ物とか」
「調べ物って、例の新しい『秘密ダンジョン』の?」
「まあね」
 そう言って笑うスニークだったが、目だけは笑っていなかった。
 この世界のあちらこちらに点在する異空間『秘密ダンジョン』。それは深く入り組んだ洞窟の奥に、或いは砂漠の真ん中にあるうち捨てられた遺跡の中に、或いは天高くそびえる塔の中に、ひっそりと、しかし確実に存在していた。その中に隠された希少な宝と、そして、それを守る強力な魔物どもとともに。
 次元の間に偶然に生まれた歪(ひずみ)だと推論する高名なウィザードもいれば、神がこの世界を創りたもうた際の残りかすだと説く高僧もいる。実際には誰にも『秘密ダンジョン』がなんであるかはわからない。
 しかし、そんなことは冒険者と呼ばれる人種には関係がなかった。てっとりばやく魔物を倒せて高価な宝物を得ることができる。冒険者たちにとって『秘密ダンジョン』とは、格好の冒険の場なのだ。
「アネさんもさ、最近古都の冒険者の間で広まってる噂は知ってるっしょ?」
「知ってるわ。難攻不落、攻略不能、最凶最悪の『秘密ダンジョン』の噂でしょ」
 うんとスニークが頷く。
「全く、今頃新しい『秘密ダンジョン』が発見されるなんて驚きだよ。しかも、古都の目と鼻の先の『暴かれた納骨堂』でなんてさ」
 この世界のいたるところに点在する『秘密ダンジョン』ではあったが、獲物を求める冒険者の好奇心はそれを凌駕していた。
 あらゆる遺跡は暴かれ、あらゆる洞窟は踏破され、この世界には最早、真の意味で『秘密』のままの『秘密ダンジョン』などないと思われた。
 ついこの間、古都に程近い遺跡『暴かれた納骨堂』の地下一階に、あの『秘密ダンジョン』の入り口が発見されるまでは。
「おまけにその『秘密ダンジョン』がさ、いくつものパーティーが挑戦しても失敗続きで、全滅の憂き目にあったのも数知れず、いまだに攻略した者は無いってんだから驚きだよ」
 ちょっぴりおどけたような調子で、スニークが続ける。
「噂だけじゃ真偽の程はわからないから、実際に『秘密ダンジョン』に行った奴らから話を聞いたんだけどさ」
「どうだったの?」
「うん――、まあ、あれだ。ムチャクチャだね」
「どういうこと?」
 弓使いのとび色の瞳が先を促す。
「曰く、『風の力に気をつけろ』。曰く、『水の力に気をつけろ』。曰く、『闇の力に気をつけろ』」
 耳を傾けるパラレルの美しい顔が険しくなる。
「しかも、『秘密ダンジョン』のクリア条件ってのが、最深部に潜む最後の魔物を倒すことらしいんだけどさ。これがちょー強力なうえ、不思議と誰も詳しいことは覚えてないんだよね。そんなんで運良くたどり着いたって、なんもできないよ。そこでおしまい。ジ・エンド。全く噂どおりの難攻不落で、もうどないせーっちゅうねんって感じ」
 両手を上に向けて、お手上げのポーズをするスニークを、まるで獲物を狙うときのようなパラレルの鋭い視線が射る。
「でも、抜け目のない貴方のことだから、攻略の糸口ぐらいは掴んだんでしょ?」
「チェッ、アネさんには適わないなー」
 答えて頭を掻く。
「そう言うアネさんこそ、『秘密ダンジョン』攻略にやる気満々なんじゃないの?」
 今度はスニークの黒い瞳がパラレルを射る。
「アネさんのその鎧、『サンダープレート』でしょ」
「全く相変わらず抜け目がないわね。別に隠すつもりもなかったけど」
 風の魔力がこめられた魔法の鎧『サンダープレート』。これをまとっていれば、攻撃する度に雷鳴とともに雷が走り、憐れな犠牲者はパニックに陥る。如何に強力な魔物であっても混乱していれば、反撃を受けることなく倒すことができる。
 もっとも、上位の魔物であれば、雷鳴程度では混乱することはないのだが、それでも強力な魔法のアイテムであることに変りはなかった。
「ま、それも攻略のためのひとつの答えではあるけどさ。地下一階ならいいとこいくんじゃないの」
「嫌な言い方するわね」
「慎重と言って欲しいなぁ」
 キッと睨んだパラレルの視線を、おどけた感じでかわす。
「確かにサンダープレートの魔力は強力だけどさ、あの『秘密ダンジョン』にはそいつが効かない上位の魔物もいるからね。それをどう攻略するかって話」
「じゃぁ、どうすればいいのよ」
 更に険しさを増したパラレルの視線を、今度は真っ直ぐに受け止める。
「役割分担さ」
「役割――分担?」
 パラレルが鸚鵡返しに聞いたのに、うんと頷く。
「あの『秘密ダンジョン』の地下一階は、強力な魔物との乱戦になるって話だから、サンダープレートの魔力で混乱させるのは有効な手段だよ。弓使いのアネさんが装備すれば、魔物の攻撃を受ける前に遠距離攻撃で混乱させることができる。アネさんの出した答えはひとつの正解さ。でも、その答えは攻略のためのひとつのパーツでしかない。全てのパーツがそろわないと、とてもじゃないけど攻略なんか出来ない」
「残りのパーツが必要ってこと?」
 もう一度うんと頷く。
「正解のパーツを持った者が集まって、全ての正解をそろえる。それが役割分担」
「それで、残りのパーツは貴方には見えているの?」
「まだ、はっきりとじゃないけどさ。おぼろげながらね」
 そう言ったスニークの顔がいつになく真剣になる。
「でもパーツを集めるだけじゃダメなんだ。ただの寄せ集めに過ぎない。正解のパーツを組み合わせてひとつにする、強力なリーダーシップがないと――」
「そこまで見えてるなら、貴方がリーダーになってパーティーを作ればいいじゃない」
「いやいや、オイラはダメだよ。柄じゃないし、一文の得にもならないじゃん」
 今まで真剣に聞いていたパラレルが、ちょっと呆れ顔になる。
「それにオイラじゃ人はついてこない。特に生きるか死ぬかみたいな選択をするときにさ、これって致命的なんだよね」
「スニーク……」
 おどけた口調の裏に隠れた真剣さに、パラレルは言葉を失う。
「オイラはさ、そういうリーダーを探しているんだよ。この『秘密ダンジョン』のためだけじゃなくてさ。オイラを活かしてくれるオイラのリーダーを、生涯かけてね。それがオイラの天命ってヤツかな」
 そこまで言って、ようやく自分が柄にも無いことを言ってパラレルを沈黙させたことに気づくと、スニークはバツが悪そうにひとつ咳払いをした。
「ま、そのうちにさ、しびれを切らした例のウィザードあたりがリーダーに名乗りを上げるんじゃないかな」
「例のウィザードって、RRのこと?」
 いつもの調子に戻ったスニークにパラレルが究極魔法『メテオシャワー』を得意技とする昔馴染みのウィザードの名を出す。
「そうそう。なにしろ、廃坑の『秘密ダンジョン』をウィザードだけで攻略しようなんて考えた人だかんね。こんな冒険話、『狂乱の魔術師』が放っておくわけないよ」
「そうね」
 美貌の弓使は、いつも横柄な物言いをするウィザードのことを思い出しながら、相槌を打った。
 『狂乱の魔術師』の二つ名で呼ばれるウィザード、RR。
 かつて、廃坑の『秘密ダンジョン』をウィザードだけのパーティーが攻略した。
 『秘密ダンジョン』攻略のパーティーと言えば、戦士やランサーといった戦闘力の高い火力職に、守りの要ビショップ、戦闘力を底上げする支援魔法に特化したウィザード・支援ウィズ、場合によって魔物の力を低下させるネクロマンサーやリトルウィッチを加えて編成するのが常である。
 まして、廃坑の『秘密ダンジョン』といえば呪いや毒を使う魔物が巣くっている難易度の高い『秘密ダンジョン』として知られている。ウィザードだけで編成したパーティーで挑むなど、常軌を逸した暴挙であった。
 しかし、彼らは――、RRをリーダーとしたそのウィザードだけのパーティーは、ひとりの犠牲者を出すこともなくやりとげてしまったのだ。それは全く常識では考えられない偉業と言えた。
 彼らの冒険譚は語り草となり、首謀者であったRRを、冒険者たちは敬意と恐れと揶揄を込めて『狂乱の魔術師』と呼んだ。
 スニークの言うとおり、そんなRRが難攻不落の『秘密ダンジョン』の噂を聞いて、手をこまねいているはずがない。
「まぁ、メテオのアニキが動くときにはオイラもひとつのパーツとして参加するよ。オイラが持ってる情報も提供する。あ、アネさんのことも推薦するよ」
「そのときは、是非お願いしたいわ」
「うん、約束する」
 またひとつ大きく頷く。
「そのときこそ、悪名高き納骨堂の『秘密ダンジョン』が攻略されるときだよ」
 そう言って人懐っこく笑ったスニークの顔が、どこか頼もしく見えた。

 

 

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