【リプレイ風小説 第6話 偽者達の円舞曲】

 

ACT.3 退屈な日

「姫様。今度という今度は勘弁なりませんぞ」
 バトラーのこの台詞もこの一時間で何度聞いたかわかりゃしない。
 小さな女の子の姿のメルティは、時々相槌を打ちながら大人しくこの年老いた従者の説教を聞いていた。表面上は。
「聞いてますか? 姫様」
「そうね、バトラーの言うとおりだわ」
「では、何がどう言うとおりなのですかな?」
「えっとー……」
 バトラーの目が鋭い。ヤバイ、相槌を間違ったか?
「姫様が聞いておられないのは、このバトラー、よーっくわかりました」
「えーっ、ちゃんと聞いてた……」
「だまらっしゃい!」
 年寄りのくせに、どっからそんな大きな声が出るのかわからない。耳がキーンとする。
「いいですか、姫様。もしやの折には、姫様はこのビガプールの王になるお方なのですぞ。それを、庶民に混じって、女だてらに冒険者の真似事などなさるとは、なんと嘆かわしい。なんたる破廉恥な!」
「王様になんかならないわよ。王位継承権だって、この間、五番目の王子様が生まれてひとつ下がったから、十一位よ!ベスト10落ちなんだから。そんなのないのと同じよ」
「そういうことを申し上げているのではありません! よいですかな、姫様。そもそも王族とはですな」
 余計なことを言ったせいで、その後更に一時間説教を受ける羽目になってしまった。やっと解放されたときには、メルティはもうへとへとだった。
「今日はこのへんにしておきますが、よろしいですかな、姫様。二度と庶民の中へなど紛れ込まないように。このバトラーの目が黒いうちは、ビガプールから一歩も外に出させませんから。大人しくお屋敷に留まりなさいますよう、きつく申し上げておきますぞ!」
「わかったわよ、バトラー」
 そう返事をすると、年老いた従者は満足げにひとつ頷き、深々と一礼してから部屋を出て行った。
 おもむろに羽毛の入ったふかふかのクッションを、バトラーが出て行った扉めがけて投げつける。
「ぜったいここから脱出してみせるんだから!」
 扉に向かってあかんべーをする。
「あのじいさんの言うことも一理あるぜ、不思議ちゃん」
 誰もいないはずの部屋の奥から声がした。不気味さに一瞬背筋に悪寒が走る。が、しかし、その声に聞き覚えがあるのに気づく。
「コソドロさん?」
 呼びかけると、奥の暗がりから、全身黒ずくめの衣装を着たスニークが姿を現した。
「お姫様はお屋敷で大人しく、ダンスのレッスンでもしてた方がいいんじゃないの?」
「いやよ、そんなの。退屈なんだもん。冒険に出てた方がずっと楽しいわ」
「オイラは冒険よりも、金貨の枚数を勘定してる方が楽しいけどね」
「そんなの、つまんないわよ」
 口をつんと尖らせている小さな女の子が、抜群のプロポーションのリトルウィッチと同一人物だと一体誰が思うだろう。
「それよりも、頼んだことちゃんと調べてくれたんでしょ?」
「まあね」
 スニークは得意げに、そして、もったいぶって続けた。
「準備は整ったみたいだね。ロンド姉さん、今、仲間を集めてるとこだよ」
「いよいよスウェブタワーの『秘密ダンジョン』に攻め込むのね」
 小さなこぶしにギュッと力を込めて握る。
「私、絶対連れてって貰うんだから!」
「ま、がんばってよ。ロンド姉さんによろしく言っておいて」
 そっけなく言うスニークに目を丸くする。
「コソドロさんはスウェブタワーに行かないの?」
「うん。オイラちょっと調べることがあってさ」
「調べること?」
 いぶかしげな表情の少女に、こくりと頷く。
「何を調べているの?」
「実はさ、プラトン街道沿いのグレートフォレストの奥に『暴かれた納骨堂』ってダンジョンがあるんだけどさ、そこで新しい『秘密ダンジョン』が発見されたんだ」
「新しい『秘密ダンジョン』?」
 鸚鵡返しでメルティに聞き返されたのに、またうんと頷く。
「その『秘密ダンジョン』がさ、マジで相当ヤバイらしいんだよ」
「へー」
「それで、攻略の手掛かりになりそうな情報をいろいろと集めてるんだよ」
「面白そうね」
 少女は興味深そうにニコリと笑った。
「その納骨堂の『秘密ダンジョン』に行くときは、私も連れて行ってね」
「ま、いつになるんだか、分からないけどね」
 スニークは少女の笑みに、苦笑で返した。
「それよりもさ、今はここを脱出するのが先じゃない?スウェブタワーまで行かなきゃなんないんだからさ」
 そう忠告しても、いつまでもニコニコしている少女に少々呆れる。
「いったいどうやって脱出するつもりさ」
「それなら、とっくに考えてあるわ」
 そう言って、悪戯っぽくうふふと笑うと、メルティは唇をキュッっと噛んだ。途端に、ポンと音がして辺りに煙が立ちこめ、次の瞬間には少女の姿は消え失せていた。
「不思議ちゃん、どこに行ったのさ?」
「(ここよ)」
 くぐもった声が鞄の中から聞こえる。中を探ると、入れた覚えのない豪華な造りの短剣が一本入っているのを見つけた。
 手にとって、マジマジと眺める。
「(どこ触ってるのよ、エッチ!ジロジロ見ないでよ!)」
「エッチって、この短剣、不思議ちゃん???」
「(そうよ)」
 手に取った短剣が、一瞬光る。
「(このまま鞄に入れて、ここから連れ出してよ)」
「なんだよ、オイラをわざわざお屋敷まで呼び出したのは、最初からこうするつもりだったのかよ」
「(そうよ)」
 答えると、短剣はうふふと笑った。
「ちゃっかりしてやがらぁ。言っとくけど、連れて行くのは古都までだかんね」
「(いいわよ。後は自分で行くから)」
「オッケー」
 そう返事をして、スニークは闇の中へと溶け込んだ。

 

 二人の姿が部屋から消えてしばらく経った頃だった。バトラーは右手の中指から『姿隠しの指輪』を外し、忽然と部屋の中にその姿を現した。
「うまくやったおつもりでしょうが、このバトラーの目を誤魔化そうなど、百年早うございます」
 それから、呆れたように、或いはあきらめたように深い溜息をつく。
「また『秘密ダンジョン』ですか。これも血筋というものかも知れませんな」
 やれやれといった風にもう一度溜息をつく。
「姫様、どうかご無事で」
 年老いた従者はどこか遠くでも見るように目を細めると、またひとつ溜息をついた。

 

 

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