【リプレイ風小説 第6.0話 真紅の系譜】

 

ACT.2 逃避行


 あの人は変わってしまった。
 昔から研究一筋の人だった。それは変わらない。
 スマグのウィザードギルドから異端のレッテルを貼られても、あの人は自分の研究を続けた。
 研究に対する情熱は変わらない。
 でも、変わっていないのはそれだけ。
 それ以外はすっかりと変わってしまった。
 スマグの噴水の前で、私に『赤い石』の話を熱っぽく語ったあの人。それを自分の手で造るんだと夢を語ったあの人。あの頃のあの人は輝いていた。
 でも、あの人は『赤い石』に取り憑かれてしまった。
 多くの『赤い石』に魅かれた人がそうであるように、あの人もまた『赤い石』に取り憑かれて変わってしまった。
 今、思えばあの男が、私達の前にあの男が現れたあの時が、ターニングポイントだった。
 あの男、ベアリークが。

 当時、あの人は行き詰っていた。
 ウィザードギルドから異端のレッテルを貼られ、研究所から追われ、あの人は途方に暮れていた。
 研究を続けたくとも、設備がない。
 設備を整えようにも資金がない。
 2人で冒険者の真似事をしたこともあった。でも、それで得る報酬ではとても足りなかった。
 あの男、ベアリークが私達の前に現れたのはそんな時だった。
 ベアリークはあの人が研究を続けるのに必要な設備と資金を無償で提供した。
 そのときのあの人といったらなかった。
 これでやっと研究が続けられると、子供のように無邪気に喜んでいた。
 そして私に、今まで苦労かけて済まなかった、これからは万事うまくいく、と言ってくれた。
 嬉しかった。

 しばらくの間は、しあわせな日々が続いた。
 あの人は好きな研究に打ち込み、私はそんなあの人の側にいた。
 あの人のお手伝いが出来ることが嬉しかった。
 そして、この子が生まれた。
 雪のように白い肌の女の子。
 私と同じ金色の髪と雲ひとつない空のように澄んだ青い目。
 意思が強くちょっと神経質そうな顔立ちは、あの人に似ている。
 あの人も喜んでくれた。
 自分の娘を抱いて、愛しんでくれた。
 私とこの子のためにも研究を完成させるのだと言ってくれた。
 でも・・・。

 あの男、ベアリークは自分もまた『赤い石』に魅せられた夢追い人なのだと言った。
 それはあながち嘘とは言えなかった。
 しかし、ベアリークはその夢の実現のために手段を選ばなかった。
 あの人は研究を進めるにつれ、次第にベアリークの考えに染まっていった。
 私は、あの人に請われるまま、実験へと協力した。
 この身をささげ、実験へと参加し、そして、魔力を失った。
 私は能力を失った。
 もう、私のパートナーである神獣ユニコーンを、二度と本から元の姿へと戻すことはできない。
 もう、召喚獣を、炎の精霊ケルビーも風の精霊ウィンディーも二度と呼び出すことはできない。
 でも、それでよかった。
 あの人が喜んでくれたから。
 これで研究が進んだと、ありがとうとあの人が言ってくれたから。
 それでよかった。
 しかし、それで終わりではなかった。
 今度はあの人はこの子を実験に使うと言い出した。
 『赤い石』を完成させるには魔力だけではだめだと。
 若く幼い生命の力が必要なのだと。
 我が子を実験に使うと言ったあの人の目は、狂気に侵されていた。
 もう昔のあの人ではなかった。
 あの人は変わってしまった。

 私は逃げた。
 この子を連れて、あの人の下から。
 やっとの思いで、ハノブまでたどり着いた。
 でも、ここでのんびりとしてはいられない。
 いつ追っ手が私達を連れ戻しに来るかも知れない。
 もっと人のいないところに逃れなければ。
 誰も知らないところで、この子と暮らそう。
 あの人に見つからないように、ひっそりと。

 明日、この街を出よう。
 私の名前が示す『北』へと向かおう。
 カルスト洞窟を越えて。
 誰もいないところへと。
 この子と二人で。

 

 

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