【リプレイ風小説 第4話 鎮魂歌】

 

ACT.5 悪魔の碧(あお)い笛


狼の牙が鎧を貫通し、内臓にまで達していた。ゴーンの腹から大量の血液が噴出し血だまりを作っていた。狼の牙は尚も執拗に内臓をえぐる。みるみるうちに体力が抜けていく。シップが『フルヒーリング』の呪文を唱えて回復を試みるがとても間に合わない。
そこへトミーが、狼の首目掛けて力任せに大剣を振り下ろした。
ゴキリという骨を絶つ嫌な音がした。
胴体と離れ離れになった狼の首は、しばらくの間、尚も内臓に喰らいついていたが、やがて永遠に沈黙した。
「トミちゃん、ありがとうだーよ」
アインが唱えたアースヒールの呪文を受けながら、ゴーンは礼を言った。
「礼、早い。まだ、いる」
それだけ言うと、トミーは大きな体躯を翻した。

 

「コルド、チルド、正面から」
スノウの声に続いて物悲しい笛の音が洞窟に響いた。2頭の神獣は主の指示に従いハイランダーの正面へ回るとその鋭い角を突き刺した。
乱戦だった。
『洞窟狼』と、『狂ったハイランダー』からなる魔物の群に、トミー、ゴーン、ロンド、ドランクの4人と2頭の神獣ユニコーンが突っ込み、敵味方が入り乱れていた。
巨漢のトミーは自分よりも頭ひとつ大きなハイランダーを相手に力で圧倒し、その横でゴーンが妖しげな呪術を唱えていた。
赤髪の傭兵ロンドは流れるような曲線と鋭い直線のリズミカルな動きで狼を翻弄した。その名の通り優雅に円舞曲を舞っているようだった。
一方、ドランクは酔っ払っているのか足元がふらついていた。が、しかし、不思議と魔物の攻撃は当たらなかった。有り得ない動きで魔物の攻撃をかわしたかと思うと、避けた拍子に偶然に肘や膝が当たって魔物にダメージを与えていた。
あと少し、もうひと踏ん張りで魔物の群れを駆逐できる。誰もがそう思ったときだった。心臓を鷲づかみにされたような苦痛が8人を襲った。
額を脂汗が流れた。痛みが治まり状況を把握したとき、脂汗は冷汗へと変わった。トミー、ゴーン、ロンド、ドランクの4人が地面に倒れていた。形勢は一気に逆転した。
「いったい何があったんですか!?」
「衝撃波だ。群の中に衝撃波を使う狼が紛れている。そいつの近くにいた者ほどダメージを受けた」
アインの問いにRRが答えた。
「私が奴らを抑えます。ビショップはその間にリザレクションを!ウィザード2人はアスヒで回復をお願い」
スノウが指示を飛ばすと、生き残った者達が一斉に動いた。
2頭の真っ白なユニコーンが、魔物の前に立ちはだかり、物悲しい短調の笛の音に従って牽制する。その間にシップがビショップの最終魔法『リザレクション』を唱え次々と『死』んだ仲間を『生き返』らせ、生き返った順に2人のウィザードが『アースヒール』で回復させた。
「この犬っころが!」
「待って」
『生き返』ったロンドが怒りにまかせてもう一度魔物の群に突っ込もうとするのをスノウが制した。
「また群の中に突っ込んでも、もう一度さっきの衝撃波を受けて『死』ぬのがおちよ」
赤い髪の傭兵は、舌打ちした。
「『狂乱の魔術師』と支援ウィズのアイン、奴らにありったけのメテオを。他の者は生き残った魔物にとどめを」
スノウの右手が狼の群目掛けて振り下ろされた。それを合図に、RRとアインが合計9発のメテオを打ち込んだ。
メテオの閃光が収まり視界が元に戻ったとき、全ての魔物が黒こげになっていた。とどめを射す必要などなかった。
「流石、RRさんのメテオは強力ですね」
「当然だ」
額の汗を拭うアインにRRは身も蓋も無い言い方で返した。
「まだまだ序の口よ。ハイランダー隊長の強さはこんなものじゃないわ」
スノウの忠告に、拭ったばかりの汗がまた吹き出した。

 

一行は、『秘密ダンジョン』の入り口のハイランダー隊長がいたところから、左回りに広い洞窟の中を進んで行った。魔物の群れに襲われたときは肝を冷やしたが、その後、何体か遭遇した『狂ったハイランダー』や狼には落ち着いて対処し、全員でこれを排除していった。
洞窟の左手の一番奥の区画の入り口まで来たときだった。空気がそれまでと違った。淀んだ空気の中に漂う妖気を全員が感じていた。
「この気がハイランダー隊長のものか」
赤い髪の傭兵のつぶやきに、スノウが首を横に振った。
「ハイランダー隊長の気はこんな禍々しいものじゃないわ」
「本来はそうであったとしても、悪魔と取引した時点で変わってしまったのかも知れない」
そう答えたRRを一瞥し、スノウは「そうね」とつぶやいた。一瞬、悲しそうな表情に見えた。
「いずれにしても、進むしかないわ。行きましょう」
スノウの声を合図に一行は妖気漂う区画へと歩みを進めた。
その区画は洞窟の他の箇所よりも薄暗かった。それが満ち満ちた妖気のせいかはわからない。しかし、目が慣れるまでにほんの少しの時間を要したことは事実であった。決して油断をしていたわけではなかったのだ。だから、ほんの数メートル先にハイランダー隊長の巨体が迫っていたことに気がつかなかったとしても誰も責めることは出来ないだろう。
一行の先頭にいたトミー目掛けて振り上げられたハイランダー隊長の拳に真っ先に反応したのは、闇の呪術を操るネクロマンサーのゴーンだった。ゴーンは素早く拳の軌道に割り込むと全身でハイランダー隊長のパンチを受け止めた。強大な一撃をまともに受けて吹き飛ばされたゴーンは、硬い洞窟の壁に激突して跳ね返り動かなくなった。
シップが慌てて癒しの呪文をかけるためにゴーンに駆け寄ったのと、間髪入れず放たれたニ撃目の拳をトミーが大剣で受け止めたのが同時だった。
「キャプテン・ストラの力は強大よ。全員で戦士に加勢を」
「(そうはさせないよ)」
スノウの台詞を遮る声が頭の中で聞こえた。黒い肌に耳まで裂けた口から牙が覗く。声の主は絵から抜け出したような女の悪魔だった。
悪魔が一瞬ニヤリと笑った。次の瞬間、小さな碧い呼子のような笛を吹く。甲高い音が洞窟の中に響いたかと思うと、足元から青々としたイバラが伸びてあっというまに生い茂り身体に絡みついた。イバラのトゲは全身に食い込み、どんどん体力を奪っていく。
わずかハイランダー隊長と交戦中のトミーと、倒れたゴーン、それに駆け寄ったシップの3人を除く全員が悪魔のイバラに絡め取られて身動きができなくなっていた。
悪魔の嘲笑するような笑い声が洞窟内にこだました。

 

 

<<前へ                        <戻る>                     次へ>>