【リプレイ風小説 第4話 鎮魂歌】

 

ACT.1 北の果て


半刻ほど前から狼の遠吠えが聞こえていた。右から左から。近くから遠くから。それが止んだということは、おそらく獲物を仕留めたのだろう。それもまた自然の摂理。生きるためには仕方のないことだ。生きるためには食べなければいけない。他者の命を犠牲にして。狼どももまた自然の一部として生きているのだ。
風に乗って血の匂いがする。どうやら近くで食事をしているらしい。このまま先に進めば、狼の群れに出くわすかも知れない。しかし、それがなんだというのか。
出くわしたとして、余程のことが無い限り群れはおとなしく引き下がるだろう。万にひとつ襲い掛かってきたとしても、なんのことはない。蹴散らせばいい。弱き者は強き者に従うしかないのだ。
先へ進む。
案の定、狼の群れに出くわす。折り重なる大きな二枚岩の周りを十数頭の狼が群れているのが見えた。
どうやら群れのリーダーは馬鹿ではなかったらしい。こちらに気づくと、空腹とこれから起こるであろう揉め事を天秤にかけ、あっさりと食事を中止して逃げていった。
いい判断だ。群れを守るにはそれが一番の選択肢だ。
見ると、岩の上に血まみれの獲物が横たわっていた。
頭に被ったフードから垂れた金色の長い髪が、血溜まりの中、日の光を反射してキラキラと輝いていた。
「人間か」
ひと言つぶやく。
この北の果て、ハイランドの地で人間に出遭うのは珍しい。踏破不能な山脈に囲まれたこの地を訪れるには、複雑な迷路となっている洞窟をいくつも通らなければならない。おまけに凶悪な魔物どもがうろうろしているとなれば、人間が住む街などあろうはずもない。普通の人間ならば命を懸けてまで来る価値もない。意味もない。いるとすれば、街を追われた犯罪者か、自らを街から追い立てた冒険者ぐらいだ。おそらく、岩の上に横たわる獲物もそのいずれかなのだろう。単にそう思った。
近づいてみる。よく見ると二枚岩の上に乗っていると思った人間は、丁度岩と岩との隙間に挟まっていた。
なぜこんなところに。この狭い隙間へと身を隠して、狼の群をやり過ごそうとでもしたのだろうか。だとしたら、なんと愚かなことだろう。この狭さでは、到底自分の身体が入ることなどないことを分からなかったのだろうか。人間はもう少し賢い生き物だと思っていたが。
そのとき、血みどろの人間がわずかに動いた。狼どもに肉を引き裂かれ、内臓を引きずり出された人間が生きているはずはない。気のせいか?いや、違う。感じる。何物かの気配を。
集中する。神経を研ぎ澄まして、気配の出処を探る。
感じる。感じる。生きている物の気配を。気配は人間が挟まった岩の隙間の更に奥から感じられた。
確かめねばなるまい。
死体をのけようとし腕を引っ張ってみる。余りにもしっかりと隙間に挟まっているせいか、引っ張った腕が肩からもげてしまった。
仕方が無い。
挟まった死体を引っ張り出すのは一旦あきらめて、岩を動かして隙間を拡げることにする。二枚岩の隙間に両手を差し込んで、両開きの扉をこじ開ける要領で力を込める。隙間の奥から大きな鳴き声が聞こえた。やはり何かがいる。何物かがこの奥に潜んでいる。疑惑は確信へと成長した。
続ける。
もう一度大きな鳴き声が聞こえたが、それを最後に沈黙する。気配が消えた。何が起きたのかは分からないが、他にし様もない。更に力をこめる。
ようやく隙間は拡がり、それにつれて死体は更に奥へとずり落ちた。
もう充分だろう。死体の脚を掴んで引っ張り上げる。今度はもげることもなく引っ張り出すのに成功した。
果たして、隙間の奥に気配の主を発見する。
小さな人間。人間の子供。全身が血にまみれている。隙間の奥にわずかに差し込む日の光に赤黒い血の間からのぞく金色の髪が輝いた。
成る程、死体が母親で小さい方がその子供というわけだ。となれば合点がいく。
狼の群に囲まれて観念した母親が子供を二枚岩の隙間の奥に隠し、身を挺して守ったということなのだろう。我が身を狼に喰われても子供を守りたいと思う母親の本能は、ケモノも人間も変わらない。
しかし。
親を殺され子供が残されることは自然の中ではよくあることだ。残された子供がどうなるかは十中八九決まっている。押して知るべしだ。
しかしだ。よくあることだとしても目の当たりにすれば放ってはおけない。
隙間の奥に手を伸ばして、子供の胴体を掴む。出来る限り優しく。それからゆっくりと引きずり出そうと試みる。人間の子供はぐったりとして動かない。
少し慌てる。
ゆっくりと、優しく、そして急いで子供を引きずり出す。ようやく隙間の奥から引きずり出すのに成功する。
子供は気絶していた。その両の腕に2冊の大きな本を抱えた格好で意識を失っていた。気を失ってまで離さないとは、よほど大切な物なのだろう。
それにしてもなんと色の白い子供だろうか。全身に母親の血を浴びてどろどろだったが、血にまみれていない顔だけが日の光の下、際立って白く見えた。天上から舞い落ちる雪のように白く。
気絶した子供の身体を調べてみる。全身血にまみれているが、それが母親の物であって子供は無事であることを確かめるために。どうやら致命傷はないようだ。しかし。子供の足が、両足の足首から先がつぶれていた。
あのときか。二枚岩の隙間を押し広げるとき、大きな鳴き声がしたのを聞いた。あのとき子供の足をつぶしてしまったに違いない。
苦い想いが込み上げてくる。
母親がその命を、血肉を狼どもに捧げたのと引き換えに、守ったというのに。折角無傷で助かるところを台無しにしてしまった。
子供のつぶれた足をじっと見る。
悔やんでいても、成されてしまったものは元には戻らない。今はこの子供のために出来得る限りのことをしよう。部族に伝わる秘薬や秘術を用いれば、或いは回復するかも知れない。
そう思いながらも、また、逆のことも考える。
手を尽くしたとしても、つぶれた足が治らなかったら。もしそうなってしまったとしたら、生涯この子供の面倒をみよう。それが自分の贖罪だ。
子供の目から頬にひと滴涙が流れていた。それを指で拭う。気を失ったまま子供が微かな声で鳴いた。
「ママ・・・」

 

 

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