【リプレイ風小説 第3話 ウラワザ】

 

ACT.3 侵入者


サイは薄暗い天井を見上げていた。
鍵のかかった扉の前で、ゴーレムに襲われてからどれくらいの時間が経ったであろうか。ただ黙ってやられたわけではない。立て続けに3発の『メテオシャワー』をお見舞いした。だが、ゴーレムというやつは、その生い立ちをたどれば魔法により偽りの生を受けた存在である。ゆえに魔法に対する耐性が強く、それは最終魔法『メテオシャワー』と言えども例外ではなかった。
そのうえ、桁違いのタフネスとくれば、『メテオ』を唯一の武器とするサイにとっては、相性が悪いとしか言いようがない。ゴーレムが振り下ろした大剣に一刀両断され、あっけなく冷たい石造りの床に転がった。かくしてゴーレムは、その昔どこの誰ともわからない主が下した「侵入者を排除せよ」の命令を忠実に遂行し、達成したのであった。
さて、どうしたものだろう。
いろいろと思案したあげく、この場に留まることを選択したが、かれこれ半日は経とうというのに人っ子ひとり遭っていない。これは、とんだミスチョイスだったかも知れない。そう思い始めたときだった。
「ダンナ、ダンナ」
囁く声がする。
「ダンナ。こんな所で何をしてるんです?」
人恋しさあまりの空耳ではない。明らかにサイに向かって話しかけている。しかし、声は近くに聞こえるのに、その主の姿を見つけることができなかった。
「はて、声はすれど姿が見えませぬが、モノノケの類ですかな?」
「人ですよ、ダンナ。ゴーレムに見つかっちゃ面倒なことになるんで、姿を隠しているんです」
「成る程、そう言うわけでしたか」
「もっとも、よーく目を凝らせばわかるんですけどね」
サイは声がする辺りをじっと見てみた。確かに暗がりの中にぼんやりと人のシルエットが見えた。
「それで、ダンナはこんな所で何黄昏てるんです?」
「黄昏てなぞござらん。見ての通り『死』んでいるのでござる」
「『死』んでいるのでござるって、そりゃ見ればわかるけど、何で『死』んだままこんなとこに留まってるんでござるです?」
その疑問はもっともであった。冒険者は『死』んだら街に『帰還』して『生き返る』ことを選択するのが通例だ。それが冒険者の『契約』というものだ。
「実は、ここの地下2階にある『秘密ダンジョン』の入り口で、仲間が拙者の到着を待っているのでござる」
サイは率直に説明した。
「ははぁ、成る程。アリアンまで戻ってたんじゃ、この『小さい傭兵の墓』まで徒歩で2日はかかっちまう。お仲間を待たしちゃ悪いってんで、ここで誰かに『生き返』らせて貰うのを待ってたって寸法か」
「左様。しかし、誰も通らぬので途方にくれておったところでしてな」
「ダンナは『記憶』してなかったんです?」
「拙者普段より『記憶』は使いません。『記憶』に『跳ぶ』のは拙者のポリシーに反しますので」
「ポリシーですか」
声が鸚鵡返しに繰り返した。その言葉の続きは想像に易い。「変わってる」だ。しかし、なんと言われようとサイは自分のポリシーを曲げるつもりはなかった。
「男子たるものしっかり地に足が着いていなければならない」
これを曲げては、自分が自分でなくなってしまう。アイデンティティに関わる問題なのだ。
「ま、そうと聞いちゃ、放っちゃいられないや」
薄暗がりの中でガサゴソと荷物をさぐる音がした。やがて、シルエットの人物は何かを取り出した。指先で燃ゆる炎のように赤い羽が揺れていた。それをサイの心臓の辺りに突き刺す。すると、羽は一瞬眩く光り、次の瞬間には燃え尽きてしまった。
眩い光に照らされて、シルエットの人物の姿が一瞬見えた。全身黒ずくめの衣装を纏った男だった。
サイはひとつ大きく息を吐き出した。吐き出した息の倍の空気を肺へと吸い込むと、身体中に血液が巡り、生気が戻ったのを感じた。
サイは『生き返』った。
「あいや、これはかなじけない。高価な『フェニックスの羽』まで使っていただいて」
「しっ、静かに。ゴーレムに見つかっちゃうから」
黒装束の男は言うと、暗がりの中、今度は鍵のかかった扉に向かって何かを始めた。
「何をしているのですかな?」
「いいからチョット黙ってて」
男は作業を続けた。一瞬、青白い炎が扉の表面を走った。
「第一関門突破!トラップは解除した。あとは鍵だ」
「成る程、扉のトラップが作動するとダメージを受けて、ついでにゴーレムに知らせるという仕掛けでしたか」
「黙っててって言ったでしょ、ござるのダンナ」
「面目ない」
サイは口をつぐんで男の作業が終わるのを待った。
しばらくすると、カチリと小さな音が聞こえた。
「ビンゴ!これでよしと」
「重ね重ね申し訳ない。これでやっと仲間と合流できるでござる」
「いい?ござるのダンナ。扉を開けるよ」
黒装束の男はゆっくりと慎重に扉を押し開けた。目を凝らすと、遠くの薄暗がりの中に下へと降りる階段があるのが見えた。
「ダンナ、音を立てないように。あそこの階段までゆっくり行くよ」
「委細承知した」
黒装束の男が先頭に立って、2人は薄暗がりの中をゆっくりと進んでいった。黒装束の男は足音ひとつ立てず、ややもすると闇に溶け込んで姿さえも見えなくなった。その身のこなしは、素人のそれではなかった。
一方、サイはただのウィザードに過ぎなかった。いくら注意深く歩いても、石造りの床に散らばる砂が、歩く度にジャリッジャリッと鳴った。
「もう少し静かに歩いてくれないかなぁ、ござるのダンナ」
黒装束の男が立ち止まって言った。
「これで精一杯でござる」
「あれ?」
「どうかしましたかな?」
「今、ダンナ止まってるよね?」
「止まってなければ、ぶつかるか、拙者が追い抜いているところですな」
「だよね。じゃぁこの音はナニ?」
確かに、2人が立ち止まっているにもかかわらず、ジャリッジャリッという音は相変わらず続いていた。
2人が耳を澄ませている間に、その間隔が短くなり、その数が多くなり、その音は大きくなった。今通ってきた扉の向こう側に、たくさんのゴーレムの赤い目が光るのが見えた。それが2人の方へと近づいて来ている。
「ダンナ、走って!」
「承知!」
2人は全速力で階段に向かって走った。それを無数のゴーレムが追いかけてきた。もはや、足音がするのを気にしている場合ではなかった。
「あんなのに捕まったら八つ裂きにされちゃうよ!」
「おお!そうであった。ちょっと待つでござる」
そう言うとサイは立ち止まった。
「ダンナ、何やってんの!?捕まったら、また、『死』んじまうよ!」
黒装束の男はその場で駆け足しながら留まった。ゴーレムの群れがすぐそこまで来ている。そんなことには一切構わぬ様子で、サイは自分と黒装束の男とに順番に杖を向けて呪文を唱えた。一瞬、翼が生えて身体が軽くなり浮き上がるような錯覚がした。呪文をかけ終わると2人は風のように駈け出した。
間一髪、さっきまでサイが立っていたところにゴーレムの大剣が振り下ろされた。大剣は空を斬って石の床に叩きつけられ、硬く乾いた金属音が辺りに響いた。
「これでゴーレムに追いつかれることはありますまい」
走りながらサイが言った。
「ダンナ、『ヘイスト』の呪文なんか使えたんだ」
「魔術師のたしなみでござる」
サイは、黒装束の男に向かってウィンクして見せた。

 

 

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