【リプレイ風小説 第3話 ウラワザ】

 

ACT.1 雷鳴


苦痛のあまり、アインは顔をしかめた。玉の汗が額から滴り落ちていた。
痛みをこらえて杖を振り『アースヒール』の呪文を唱える。『心の力』を触媒として地脈から生命の力を己が身体に還元すると、左の胸、心臓の辺りに深々と開いた穴がみるみるうちに塞がり、傷が癒えていった。後にはほんのりと赤い痣だけが残るばかりだった。
石造りの大きな柱に背をもたれて座り込み、額の汗を拭う。
さっきは危なかった。まさに紙一重だった。もし『急所外しの指輪』をしていなかったら、巨大サソリの尻尾の鋭い針が心臓を的確に撃ち抜いていたに違いない。
この『小さい傭兵の墓』と呼ばれる遺跡の地下2階に巣くう巨大サソリ『食人スコーピオン』は尻尾の先の鋭い針を本能で獲物の急所に突き刺す。憐れな犠牲者はたったのひと刺しで絶命する。あと2センチ左にそれていたら、自分も間違いなくそのひとりとなっていた。
今回は『テレポーテーション』の呪文で死角に周り、うまく石柱の影へと隠れることができた。だが、まだ終わりじゃない。天井を支える大きな石造りの柱の向こう側から、ガサガサと蠢く音がする。獲物を見失った食人スコーピオンが、未だ諦めることなく探し回っているのだ。
手ごたえはあった。惜しいところまで来ている。もう少しのはずだ。
砂漠に棲むサソリの類がいくら生命力が強いとは言え、食人スコーピオンの体力も無尽蔵ではないはずだ。今度こそ仕留めてやる。でなければこっちがやられる。アインは焦っていた。
呪文を使えば傷ついた身体を癒すことはできる。『心の力』を回復することも可能だ。しかし、死と隣り合わせの極度の緊張は、精神を疲弊させる。危うく致命の一撃をうけるところであったのも、明らかに集中力を欠いたためのミスであった。呪文の攻撃で食人スコーピオンの体力を削ったのと同様に、アインの心のスタミナもまた戦闘の緊張感に削られていた。
物音を立てないように注意しながらゆっくりと立ち上がってから、杖を振って『ヘイスト』の呪文を唱える。風の魔力が全身に纏わりつき、一瞬翼が生えて身体がふわりと浮いたような錯覚を覚える。
身体が軽い。
2、3度杖を振って自分の動きが通常の数倍の速さになっていることを確かめると、今度はぐるぐると8の字に振り回す。集中力が高まり『心の力』が満ちてくる。
これでよし。ひとつ、大きく深呼吸をする。
気配を伺う。
意を決して柱の影から飛び出す。
獲物を捕捉した食人スコーピオンがたちまち鍵爪のついた8本の足を規則的に動かし、アインに向かって突進を始める。
杖をひと振りして『テレポーテーション』の呪文で遠ざかる。
2度、3度、4度目の『テレポーテーション』で充分に距離をとると、今度は遥か地中深くの水脈から水の力を召喚し、足下に2mもの氷の柱を出現させる。この上なら、巨大サソリの尻尾も届かない。急所を突き刺すことなど不可能だ。
アインは氷の柱の上から、食人スコーピオンに向かって杖を振りかざした。それに呼応して雷鳴と共に稲妻が降り注いだ。
他の冒険者の攻撃力を高める呪文を得意とするウィザード『支援』であるアインにとって、『ライトニングサンダー』は自身が持つ最強の攻撃呪文だ。しかし、それは熟練の域には程遠く、1発の威力は熟練者の10分の1程しかなかった。必然として食人スコーピオンのようなタフなモンスターを仕留めるには連発してダメージを蓄積させるしかない。
倒れろ、倒れろ!アインは念じながら雷を落とし続けた。出来る限り素早く。何度も、何度も。雷鳴が遺跡の中に響き、眩い稲光に目がくらむ。
降り注ぐ雷の中を食人スコーピオンはのろのろと、だが、確実に近づいて来ていた。
あと少し、もう少しだ。自分に言い聞かせる。
『心の力』はまだ充分にある。『ライトニングサンダー』を10発以上撃つ程度は残っている。しかし、既に巨大なサソリの化け物は、足元の氷柱に取り付いていた。
ゆっくりと尻尾を振りかぶると、鋭い針の一撃を硬い氷の柱へと繰り出す。
一撃目はつるつるとした氷の表面を鋭い針が滑っていった。
ニ撃目は勢いをつけた針が突き刺さり氷の塊にヒビを作った。
突き刺さった針を引き抜いての三撃目で氷の柱は崩れ去り、粉々に砕け散ってしまった。それと同時にアインは巨大サソリの死角へと『テレポーテーション』した。
このまま天井を支える石柱の影に隠れれば、食人スコーピオンは、また自分の姿を見失うだろう。しかし、もはや限界だった。これ以上、緊張感に耐えられない。この命がけのやりとりを早く終わらせたかった。
意を決して背後から『ライトニングサンダー』を唱える。1発、2発、3発・・・。
眩い稲妻に包まれた食人スコーピオンがゆっくりと回頭し、アインを正面にとらえた。それでもなお『ライトニングサンダー』の唱え続ける。4発、5発、6発。倒れろ!頼む。
鋭い針のついた尻尾を大きく振りかぶる。7発目の雷が降り注ぎ雷鳴が轟く。
憐れな犠牲者の心臓を目掛けて、まっすぐに振り下ろされるはずの一撃は、しかし、狙いを外れて、鋭い針がアインの耳をかすめて行った。
食人スコーピオンは、口から白い泡と緑色の体液を吐き出していた。7発目の雷が落ちた辺りの甲羅が割れて、そこからもゲル状の体液がどろりと溢れ出していた。割れ目の中に、一瞬何かがキラリと光るのが見えた。
アインは絶命した食人スコーピオンに近づくと、光ったものが見えた辺りに見当をつけて、緑色の体液が溢れ出る甲羅の割れ目へと手を突っ込んだ。突っ込んだ手を右に左に動かしてかき回すように中をさぐる。かき回す度に口と割れ目から緑色の体液が溢れ出し、触手がヒクヒクと痙攣する。お構いなしに更にかき回すと、どろどろの体液の海の中に、硬くて表面がつるりとした塊が手に当たった。アインは手探りでその塊を掴むと割れ目から手を引き抜いた。
緑色の体液まみれになった手の中で、卵大のクリスタルが輝いた。
やった、遂に手に入れた。
アインは安心と疲労のため、その場にへたりこんだ。へたりこんで、輝くクリスタルを見つめた。自然と顔がほころんだ。見つめているうちに心の底から喜びが込み上げて来た。それは時間になった間欠泉が地面から吹き上がるように爆発的に噴出した。いつもは冷静なウィザードはクリスタルを握り締め、歓喜に憑かれて咆哮した。叫び声が雷鳴のように遺跡の中に響いた。
この世界のあちこちに点在する異空間『秘密ダンジョン』。その秘密の入り口を開くための唯一の鍵である『ポータル・クリスタル』
アインの手の中で輝くクリスタルは、その『ポータル・クリスタル』に違いなかった。
 

 

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