【リプレイ風小説 第1話 魔術師達の饗宴】

 

ACT.6 ナイトメア


 ひとりぼっちだった。暖かい陽だまりの中、男の子はひとりぼっちで草原の真ん中にぽつんと立っていた。むせるような草の香。なんだか息苦しい。不意に背中に虫がとまった。蟷螂だ。背中が見えるわけではない。が、蟷螂がとまったのだと確信した。
背筋に悪寒が走った。逃げなければ。逃げなければ。必死になって駈けた。草原の中を丈の低い草を踏みつけ、背の高い草をかき分け、必死になって駈けた。蟷螂の爪が背中に食い込む。
「(とってー、蟷螂とってー)」
必死に泣き叫んだが声にならない。
「(とってー、誰かー)」
男の子は目をつぶって闇雲に走った。あげく、どんと誰かにぶつかった。
「(お母さん)」
男の子は抱きついた。夢中で顔をうずめた。優しく抱きしめる手の感触、包み込むような甘い匂いはまさしく母に違いなかった。
「(お母さん、背中に蟷螂が・・・)」
自分の窮状を訴えようと男の子が母の顔を見上げたとき、そこには優しい母の顔は無かった。代わりに逆三角形の蟷螂の顔が見下ろしていた。赤い複眼に無数の男の子が映っていた。
「(お母さん?)」
一瞬、何が起こっているのかわからなかった。気がつくと男の子を包んでいたのは柔らかな母の手ではなく、鋭い昆虫の爪がついた硬い手であった。心臓が早鐘のように打った。肩の肉に鋭い爪が食い込む。左右に大きく開いた蟷螂の口が自分の顔に迫ってきたとき、男の子は悲鳴を上げた。しかし、必死の悲鳴も声にはならなかった。

「相当うなされてますな。汗も酷い」
「ただ眠っているわけではない。『ナイトメア(悪夢)』だ」
「なるほど。お、目が開きましたな」
今まで固く閉じられていたアインの目が唐突にカッと見開かれた。一瞬呼吸が止まり、次に大きく息を吐き出した。
「気分はいかがですかな?支援殿」
「最悪です」
額の汗を手でぬぐいながらアインは応えた。
「夢だったんですね」
誰に言うともなくひとりつぶやいた。心臓がまだ高鳴っている。
「どれくらい眠っていたんですか?」
「ほんの5分程度ですな。戦闘中でなかったのが不幸中の幸いでしたな」
サイの言うとおり、もし『ナイトメア』を受けていたのが戦闘中だったらと思うと背筋に
冷汗が流れた。
「立てるか?支援君」
「あ、はい。大丈夫です」
そう言うとアインはゆっくりと立ち上がった。軽い立ちくらみがしたが、それを皆に気取られるほどひどいものではなかった。
「先に進みましょう。その前に『支援』をかけ直します」
自分を含めた全員に『ヘイスト』の呪文をかけ、3人の『チリWIZ』には、更に『ファイアーエンチャント』をかけた。
「OKです」
アインの声に小さくうなずいて、一行は更に『秘密ダンジョン』の奥へと歩みを進めた。
 

 

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