教室の窓から見える
 晴れた空と花壇と
 グラウンドのコントラストはとても綺麗だけれど、
 ポケットの中からケータイを引っぱり出して
 この景色を切り取っても、
 きっとわたしのものにはならない。

 次の考査に出るという、
 聞かなきゃいけない先生の話もなんだか聞く気が起きなくて、
 だけど欠点がリーチだからやっぱり聞かなきゃいけなくて、
 乱暴に蛍光ペンを引っ張り出して、
 教科書にピンクのマーカーを引いた。

 わたしの前の席には
 きれいな女の子が静かに座っている。

 ドットのシャープペンを
 慣れた手付きでさらさらとノートに走らせては、
 黒板の文字を全部写し終えるたびに、
 いそいそと窓の向こうに顔を向けている。

 その初々しい行動につられて
 わたしも外を見ると、
 グラウンドではちょうど
 他のクラスの男子が体育の授業中だったので、
 豆粒みたいになった同級生たちが、
 一生懸命にサッカーボールを追いかけているのが見えた。

 あのたくさんの男の子の中に、
 だれかお目当てのひとがいるのだろう。

 恋をしてる女の子は、いつもきらきらして見える。

 なんにもないわたしには、
 そんなあたりまえのことでも、
 なんだか無性にうらやましくってたまらなくなるのだ。


 *


 十六歳、というのは、わたしにとって
 なにか特別な意味を持つ年齢だったんだと思う。

 劇的ではなくても、確実に、
 なにかが変わる一年になるんだという
 確信を持っていた。

 高校二年、冬、十六歳。
 なにも変わらないまま、なにも変われないまま、
 わたしの十六歳はあとすこしで終わってしまう。

 わたしは、十七歳になるのが怖かった。

 なにも気にせず年齢を重ねていくクラスメイトを見るたびに、
 こんなことに怯えているのはクラス中にわたし一人なんだと
 思い知らされる。

 十六歳。
 これが、『青春時代』の前にわずかな間だけ訪れる、
 『水色時代』とでもいうべき景色に居られる
 最後の年齢に思えてならないからだ。

 昨日までは確かに水色だったのに、
 0時になった途端にいきなり
 「今日から青春してね」と突き放されるなんて
 納得がいかないけれど、要するに、
 魔法が解けるっていうのはこういうことなんだろう。

 からっぽの両手の中にあるのは、
 いまは、教科書とノートだけ。

 先生が黄色のチョークをつぶして、
 需要と供給のグラフを黒板いっぱいに描いた。

 供給ばかり上がっていって、
 低空をひたすら横ばいに飛び続ける需要の曲線は、
 なんだかわたしのこれからみたい。

 かわいいぬいぐるみや
 綺麗な砂糖細工をじゅんばんに並べてみても、
 あまりにいまさらすぎてどこかよそよそしい。

 わたしはどうすればいいんだろう。
 どうすればよかったんだろう。

 終わっていく十六歳を
 もう一度やり直せるとしたら、
 今度はどんな風に過ごせばいいんだろうか。


 *


 紺色のスカートから伸びる
 きれいじゃないわたしのふとももの先のひざ小僧には、
 茶色の絆創膏が静かに貼り付いている。

 絆創膏の下には、
 体育で転んで作ったすり傷がある。

 なんだかやりきれなくて、
 虚しくて、
 十六歳のわたしは弱いものいじめをする気持ちになって、
 その傷口に触れて、
 絆創膏の上から指で押し広げてみた。

 ずきん、という鈍い痛みと、
 水っぽい感触が、
 けなげに傷口を覆っていた
 わたしのマクロファージが無駄になったことを
 わたしに伝えた。

 もどかしくなってきて、
 わたしは絆創膏を無理矢理剥がした。

 びっ、と肌をひっぱってテープが剥がれた瞬間、

 きらっ。

 ガーゼとひざとのわずかな隙間に、
 なにかきらきら輝くものが見えた。

(なんだろう?)

 わたしのひざから剥がして
 くたくたになった絆創膏を裏返してみると、
 ガーゼには黄色いマクロファージと、
 小指の先くらいの
 砂糖細工みたいにきらきらした
 粉みたいなものが貼り付いていた。

 こんな具合のアイシャドウを持っていたけれど、
 あの化粧品はこんな風に色を変えては光らない。

 人差し指と親指で絆創膏をつまみながら、
 薬指でそっと
 ずきずきした痛みと
 ちいさな脈を持ったばかりの傷口に触れてみる。

 粉雪みたいにさらさらして、
 グラニュー糖みたいに粒が主張して、
 光にかざすと自由自在に色を変えてみせた。

 傷口から出ているということは、
 このきらきらはわたしの血液なんだろうか。

 いったいいつから
 わたしの身体がこんなことに
 なっていたのかはわからないけれど、

 わたしの中身は、
 見惚れるほどに綺麗だった。

 きらきら、きら。

 ああ。わたしだって、
 あの女の子に負けないくらいに輝いていたんだ。

 取り柄もなくて、恋もできなくて、
 すべて人並みの、
 きらきらしたわたし。

 初恋のあの男の子は、
 いまどこでなにをしているんだろう。



 *



 翌朝、
 新しく貼り直した絆創膏を剥がしてみると、
 黄色いマクロファージとすこしの血液が
 ガーゼに貼り付いていた。

 はじめまして、
 十七歳のわたし。

 これからどうぞよろしくね。
 


(Congratulation!)



(081216)