(187:ERROR)


 
 神戸市三宮町のボートタワー付近の海から、昨夜九時ごろ、男性の遺体が発見されました。
男性の年齢は三十歳から四十歳ほどでスーツを着ており、紐のようなもので首を絞められ、殺害された模様。
顔の損傷が酷く、身元は不明です。
これは先月起こった、隆幸ちゃん誘拐事件、鈴木氏バラバラ殺人事件、柳沢夫妻惨殺事件などと同一犯と見られています。
依然、警察が調査中です…


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 水面がきらきらと反射してまぶしい。
海沿いの道を抜けた後、俺はバスを下りた。北野異人館通りを力いっぱい駆け降りる。
七月の下旬らしい陽気だった。太陽が高くなっていくのに比例して、気温の方も、うなぎのぼりにぐんぐん上がってゆく。
ニュースのお姉さん曰く、今日の兵庫の最高気温は38℃だそうだ。
どう考えても、それより暑いように感じるが。

 始発の電車に飛び乗って、新幹線と地下鉄、バスもろもろを乗り継いで乗り継いでやってきたのはここ、兵庫県神戸市。
しかも、異国情緒あふれる町並みで有名な洋館の立ち並ぶ、異人館通りだ。
レトロでおしゃれな建物と街並み。
道ゆく人も、若くて綺麗なお姉さんだとか、カップルだとかが多い。
そんな場所に、違和感バッチリの俺がぽつんといるのには、わけがあった。
 夏休みの直前、書いて字の如く「やったーこれから夏休みだ! 部活に燃えるぜ!」と意気込んでいた終業式の当日に、うちの部活の馬鹿どもが、馬鹿なことをやらかしてくれたおかげで、当面部活停止で夏休みがまるっとフリーになってしまったのだ。
部活づくしの夏休みを送るはずだったので、当然、遊ぶ予定なんか入れていない。
部活に忙しい生活だったので、バイトもしていない。
ついでに彼女もいない。そうすると、必然的に一夏をニート生活で費やすことになっちゃうわけで。
もう戻らない高校二年の夏なのに、俺だって青春したい年頃なのに、流石にそれはご遠慮したいわけで。
そんな時に思い出したのが、中学時代の先輩に、泊まりで遊びにくるよう誘われていたことだった。


 足元のアスファルトに、ぽた、ぽた、と汗が滴り落ちる。
先輩の家で夏休みの半分を過ごすため、これでもかと荷物を詰め込んだボストンバッグ。
そのバッグを掛けた肩が、ぶるぶると震え始めたので、俺はもう限界かもしれない。
その負荷に耐えながら、俺は「神戸市異人館をめぐる!」と銘打たれた神戸るるぶを片手に、北野のメインストリートから一本二本と道を曲がった。
道路全体がすっぽりと建物の影に入ったので、焼けるような暑さだけはどうにか楽になった。助かった…。
腕にはめたリストバンドで汗をぬぐってみるが、逆に、リストバンドのせいで手首まわりが異様に暑くなっていることに気づいて絶望した。

 右手に持ったその地図に、赤ペンでぐるぐると書きこんである目印を信じるのなら、目の前にあるこの立派な洋館がユーマさんの家、ということになる。

「………。」

壮観だった。
赤茶けた洋風煉瓦造りの、しかも三階建ての家。
門も庭も玄関も、ここから見えるすべてのものがすごく異国情緒あふれまくりで、むしろ、家っていうより「舘」と言った方がいいかもしれない外観だった。
 ぶっちゃけ、3LDKアパート住まいの俺はビビったわけだ。
だってほら、ユーマさん、引っ越す前は俺と同じアパートに住んでたわけだし…。
念のために表札を確認すると、おされな筆記体で「HATORI」と記されていた。服部。つまり、地図にたがわず、ここがユーマさんの家だということになる。

 とりあえず、バッグを地面に置いて、中からハンドタオルとうちわを引っ張り出した。
滝のように流れ落ちる汗を拭って、バタバタうちわを扇ぐ。
ユーマさんが引越してから3年と数ヵ月、久しぶりの再開だというのに、汗だくの見苦しい姿で念願を果たすのはちょっとごめんだった。
バタバタバタ…
風圧が直接当たっている首元だけは涼しくなってきたのだけれど、それ以外の体感温度は軒並みぐんぐん上がってゆく。
バタバタバタバタ…
手首のスナップをフル活用して、うちわを高速で動かす。なんか手首のあたりが熱いけど、他が涼しいから無問題ってことで。
バタバタバタバタバタッ!
うちわを耐久限度ギリギリまで酷使してから、タオルでごしごしと額の汗を拭う。ふう、結構汗は引いた。
タオルとうちわをしまってから、バッグを抱えてすっくと立ち上がった。
うん、俺ってなんか爽やか!

 ここに来るまでの強行軍で疲労困憊だったはずなのに、自然と身体が軽い。
疲労? なんだよそれ、そんなの、今の爽やかマックスな俺には関係ないね!

 なめらかな動きで、至極、ホントに至極爽やかに、俺の指先は門に取り付けられたチャイムに触れた。そして、そのでっぱり部分を押したが、「カチッ」と音がするだけ。

…チャイムには、小さく「故障中」と書かれていた。

仕方ないので、勝手に門を開けて、玄関の方のチャイムを押しに行く。
門のやつとは違って、訪問客をチェックするためのカメラや、会話をするための内線なんかは一切ついていない、レトロな型だった。

――ピンポーン

 どうやら、こっちは無事のようだった。
さあ、とうとうユーマさんとの再開だ!
…そう思い、わくわくしながら待っていたのだが、玄関の扉は一行に開く気配がない。
テレビの音や、冷蔵庫を開けるっぽい音は聞こえてくるから無人なんてことはないはずなのに、足音が玄関に近づいてくる様子はない。
あれ…? と思いつつ、ワンモアピンポン。
だが、やはり、この家の住人は、玄関にやってこなかった。

どんどんどんっ、と扉を叩いてみる。
叩きながら、「こんにちわー! ユーマさーん? 開けてくださーい!」と声をかけたところで、ようやく、扉が開いた。
 服部家の玄関から出て来たのは、見たこともない女の子だった。
年齢は高校生くらい。髪は長めのショート。
玄関の段差の所為で、彼女が俺を見下ろす形になっているが、身長的には俺の方が若干高いと見た。
まあ、そんな感じで女の子が出てきたという事実はひとまず置いといて、さて、この女の子は一体誰なんだろう…?

「あの…俺、ユーマさんに呼ばれて来た、萩原湖宵という、 」

俺の言葉なんか聞いちゃいないらしい。女の子は、俺の頭のてっぺんからつま先までじろじろ見つめたあと、露骨に顔を顰めてこう言った。

「…人様の家先でうちわ扇いでるような、変な宗教には興味ないです」
「……は?」

確かに、さっき家の前でうちわを扇いでたけど…宗教って?
ぽかーんとする俺をさておいて、女の子はガチャリと扉を閉めた。
ホントのホントに、完膚なきまでに閉められた。
この猛暑のなか、朝早くから必死に神戸まできて、歓迎されるならわかるが、まさか門前払いをされるとは夢にも思っていなかった。

 慌ててもう一度チャイムを押す。
ピンポーン。

「……なんなのよ」

迷惑そうに、女の子が再び顔を出した。
女の子の頭くらいの高さに、扉のチェーンが掛かっているのが見える。
もう完全に招き入れない方向性らしい。
はあっ、とこれ見よがしに溜息をついてから、女の子はぷらぷらと手を振った。

「いいからさっさと帰りなさいよ。はいばいばーい」

もう一度扉が閉まろうとした瞬間、ガァン! ――俺は、閉まる扉に思いっきりスニーカーを突っ込んだ。
 ギシッ、と、蝶番と俺の靴が軋りをあげる。むしろ、俺の足が悲鳴を上げている。

「ちょっ…! なんなのよ! 警察呼ぶわよ!?」

警察よりも救急車を呼んでくれ、足が痛い、なんてことを思ったが、まずは、この女の子と和解しなければ。

「あのっ…、ユーマさんから、なにか聞いてませんか…!?」

扉のふちに手をかけて無理矢理開けようとする俺に対して、女の子はありったけの力で扉を閉めようとしてくる。
俺の言葉に返事はない。

「お願いします、ユーマさんに変わってください…!」

力ではギリギリ勝てるのだが、チェーンの所為でこれ以上開くことができない。

「いいから帰れ!」

女の子には、まったく取り合う気がないようだった。

「…………。」

 諦めて扉から手足を離すと、俺のすぐ目の前で、すごい勢いでバタァアン! と扉が閉まった。
再び頬を伝いはじめた汗をリストバンドでぬぐってから、仕方がないので、抱えていたボストンバックから、うちわとケータイを取り出した。



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