和歌祭(紀州東照宮)

5月第2日曜日に紀州東照宮で和歌祭(行列)が12:00に行われます。
(和歌山県和歌山市:5月の歳時記)
※月に5度日曜日がある場合、第3日曜日に変更されます。
和歌祭は江戸時代に始められた祭事です。別名、紀州の国際、天下祭、権現祭とも呼ばれています。
東照宮のある山を和歌山といい、一山を上げてのお祭りで和歌祭と呼ばれていました。
江戸時代に東照宮を口にするのは恐れ多いということで和歌の御宮と言い習わされて、和歌祭と呼ばれるように。


昔は陸上と海上で、祭事があったようです。陸上では神輿など武者の行列など、海上では御関船が。
古くは、日本三大祭、紀州の大祭と呼ばれていました。現在は、陸上のみの渡御行列となりました。
紀州東照宮の本殿に行くには108段もの石段をあがらなければ行けません。10:00頃よりに本殿で神事が行われます。
 

神事を最後まで見ていると本殿に通じる石段が10:30頃に通行止めになる為、下におりて待機。
11:30前になると、神職さんらが石段を下りてこられます。続いて神輿が、この108段の石段を下りる神輿おろしが始まります。
和歌祭の行列前のメインの一つです。神輿に限ってはココがメインだと思います。神輿おろしが始まり、108の石段を神輿が…
  

神輿が石段から下りると境内まで神輿が参道を移動します。参道にあふれていた人は退場させられます。
最初に柵の外で場所取りしていた人は、そのまま待機。神輿が練りながら参道を移動します。
  

東照宮会館前では、これから行われる渡御行列が待機。出発式が行われた後で渡御行列が始まります。
和歌祭の行列は長く、人も多く、行列の途中5箇所で演舞ポイントがあります。
和歌祭の行列、1つ1つの間隔を大きくあけるので、最初が出発してから最後が出発するまで1時間かかっています。

紀州東照宮の鳥居から12:00に出発し、片男波の御旅所を経て戻って来ます。行列の一部を載せておきます。
鉾旗
腰元
御榊
神輿
女子御輿
子供神輿
御所神輿
宮司と神官
相撲取
連尺と子供連尺
団扇太鼓
餅花踊
舞姫
雑賀踊
武者
薙刀振
甲兵
母衣
獅子舞
面被
唐船

行列は多く、演舞ポイントでは、いろいろな奉納があります。
【相撲取】
土俵入りの様子が大人と子供であり、弓取りも行われ、最後は相撲甚句を唄います。
  

【連尺・子供連尺】
行商の反物売り姿で、諸国を廻り祭りの日には必ず帰国し、諸国の情報を伝えた。
子供連尺は、小学女子連。大正時代から始まった種目で踊りながら進行する。
 

【団扇太鼓】
お万の方が日蓮宗厚く信仰されていた。その冥福を祈る踊りです。
 

【餅搗踊(臼曳台・餅手合・杵踊・囃子方・餅花傘)】
家康公が豊臣秀吉公とただ一度戦った長久手の戦いに勝利した時に、愛知・岡崎の人々が喜び餅を搗いたのが紀州に伝わった踊り。
40数年ぶりに華やかな餅搗き囃子が復興されました。
  

【舞姫】
舞衣装をつけた女性行列


【雑賀踊(忠棒・大太鼓・法螺吹・拍子鉦・笛吹・請棒・笹羅踊)】
合戦の喜びと祝賀の意をこめた踊り
  

【薙刀振】
最も難しい種目の一つ。四十八技の奥伝があります。頭の上でもクルクル。
  

【母衣】
後方から討ちかけてくる矢をくるくると回りながら防いだもの。
中腰で左へ三回右へ三回廻るのが基本。宮を冠しているのは、直属の呼称です。一般の人もチャレンジ。
  

御坊祭から獅子舞などが2012年、初参加。獅子舞の前に神輿や囃子。
 

【獅子舞】
  

【面被】
通称「百面」と言われ、喜怒哀楽の表情を表しています。
幼子がこの面に泣かされると健康に育つと言われています。使用される面の多くは、県指定文化財です。
  

【唐船】
凱旋船を模したもの。龍の頭の船屋台に鳳凰を載せています。
 

神輿を各所で撮ってみました。
  

女神輿を各所で撮ってみました。
  

女神輿の担ぎ手さん。
赤色のハッピは、一般応募の女子です。黄色のハッピは、ご当地アイドルユニット「ZagaDa」のメンバーです。
  

行列が神社に戻ってきて、唐船のメンバーさんが記念撮影をされました。


2012年に行われた「和歌祭」の様子です。

〜紀州東照宮の行き方〜
和歌山バス「権現前」下車。


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