西野水道まつり(充満寺)

6月第1日曜日に充満寺〜ほりぬき公園まで、西野水道まつり/行列が行われます。(滋賀県長浜市:6月の歳時記)
西野水道まつりは、江戸時代末期に洪水対策として西野地区から山を掘り水道を作って琵琶湖に水を逃がしました。
その先人達の偉業を感謝する為におこなわれています。
西野水道が作られた時の江戸時代の衣装で充満寺〜ほりぬき公園(西野水道)まで行列をします。


充満寺の前で、子供みこしの祓いが8:15頃にあります。充満寺で行列に参加する人達の法要が行われます。
西野地区の子供さんが中央に、左右には応援で来られている子供さんが座ります。
 

9:00から時代行列が充満寺を出発します。先頭は露払い。中学生の男女です。
行列は、ほりぬき公園を目指し茅葺き屋根や田園を進みます。最後は子供みこしが続きます。
  

江戸時代の衣装姿で籠や石の運搬、大八車…。西野水道まつり、時代行列のメインだと思います。
風景は稲穂があり綺麗です。電柱がない地帯です。
  

ほりぬき公園で法要や式典があります。
ここには西野水道があり、西野水道まつりが行われる日は中に入れます。
しかし、中は真っ暗。そして危険な為に懐中電灯・ヘルメット・長靴を用いて入ります。この3点は、借りられます。
先人さん、江戸時代に掘り進んだ、当時に使われていた工具が…
※史跡の西野水道の横には、トンネルもあり琵琶湖に抜けられます。
   

法要・祭典の途中に、西野水道歌の斉唱があります。
…西野水道歌とは…
三面山に囲まれて耕地ことごと 水あえし その惨状をおさめたる 治水の勲 いざ歌え
困苦営営六ヶ年 時はも弘化 二年の 水無月三日七ツ時 水道口は開かれぬ
闇路の悩みたちまちに地の利人の和 村の栄え 光と化せし大知識 恵荘聖を いざ歌え
村の感謝を石碑に刻みこめたり もろ共に 今日を記念とよろこびを 言い継ぎゆかん 千代八千代

祭典が終われば、稚魚の放流や連凧あげが各所で行われます。
広場では餅つきが3箇所であり、根性餅つきがあります。※地域によっては、千本つきとも呼ばれています。
この後、水道劇が行われたり、ダンス・よさこい・歌謡ショーなど催しが夕刻まで続きます。
  


2010年に行われた「西野水道まつり」の様子です。

〜充満寺の行き方〜
JR「高月駅」下車、コミュニティーバス(西野)下車。

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