豊岡義士祭(正福寺)

12月14日に正福寺で豊岡義士祭が11:00より行われます。(兵庫県豊岡市:12月の歳時記)
12月14日は赤穂義士が吉良邸に討ち入りに入った日です。豊岡義士祭では、法要が行われます。

元禄14年3月14日に江戸城の松之大廊下で浅野内匠頭長矩が吉良上野介義央に対して刃傷におよんだ。
殿中での刃傷に征夷大将軍徳川綱吉は激怒し、浅野長矩は即日切腹、赤穂浅野家は断絶と決まった。
それに対して、吉良義央には何の咎めもなかった。
赤穂藩士の多くは、喧嘩両成敗の武家の定法に反する幕府の裁定を一方的なものであると強い不満を持った。
元禄15年7月に浅野長広の広島浅野宗家への預けが決まり、赤穂浅野家再興は絶望的となった。
大石良雄は京都円山で会議を開き、吉良義央への仇討ちを決定する。


豊岡は大石りくの生誕の地であります。
大石りくは浅野家家老の大石良雄に嫁ぎ元禄十五年、
良雄、長男の主税と別れ山科から長女と次男を連れ豊岡に帰りました。
その後、長女と次男が豊岡で亡くなり次女と三男を連れ、広島に。正福寺には、遺髪碑があります。


豊岡義士祭は、豊岡義士会の総会と合わせて行われています。
会務報告から始まり、あいさつや来賓さんの紹介。
そして追善法要が。数カ所から寺院さんが来られ合同で営まれます。
時折、散華なども。法要の途中で焼香を。


豊岡義士祭の法要が終わると、そば会(500円)があり、最後に義士そば・白和えを食します。


堂内には義士祭の資料や大石りく離縁状などがありました。


豊岡には10月に、大石りくパレードなるものがあり、こちらが義士の格好をしたパレードです。

2015年に行われた「豊岡義士祭」の様子です。

〜正福寺の行き方〜
JR「豊岡駅」下車、徒歩20分。

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