おしゃたか舟神事(岩屋神社)

7月第3日曜日に岩屋神社で、おしゃたか舟神事が行われます。(兵庫県明石市:7月の歳時記)
おしゃたか舟神事は、海難防止と豊漁を祈って行われています。
明石の子供に神からのお告げがあり、淡路島の岩屋から明石の岩屋に神を迎え入れた時の故事によるものです。
淡路島から明石に迎えたのですが、海が荒れて明石の浜に着くことが出来ず、六人衆が赤石付近の海岸に舟を出し、明石にお迎えしました。
その時、神様と一緒に舟に乗るのは恐れ多いと思い、舟を押して明石の岩屋に。


最初に本殿で神事が10:00に行われます。神事の途中で、本殿内から茅の輪を祓い本殿前に置かれている「おしゃたか舟」を祓います。
 

神事が終わると茅の輪くぐりが行われます。最初に宮司さんが一人で正式に回られます。
その後に、本殿前から神社外に茅の輪をくぐって列は移動します。本来は外から中が一般的ですが…
  

行列は、宮司さん猿田彦さん6人衆、おしゃたか舟を持った氏子の青年や関係者さん、そして神輿。
 

神社から鳥居を抜け、直線の道の先にある港(300Mほど)に。
港に祭壇があり祓いや玉串などが10:40頃に行われます。宮司・猿田彦・六人衆・関係者さんが玉串を。
  

そして、六人衆さんが持っておられた三角形の茅の輪。これは、京都の八坂神社のちまきを見立てて作られているそうです。
三角形の茅の輪を関係者さんや一般の方まで、頭から下に上下します。これをくぐる事で厄を祓います。
   

続いて11:00頃に餅まきが空き地であります。餅は袋に入っていて、やわらかかったです。
餅まきが終わると、それぞれが船に乗り、数隻が海に出ます。港には神輿が置かれています。
  

神職さんが海に向かい清めます。そして氏子の青年を清めます。
白いふんどし姿の氏子の青年が「おしゃたか舟」を投げながら海の沖に向かいます。おしゃたか舟は、1・5Mほどの木船です。
 

おしゃたか舟を海に向かって投げ、海の中に入っていきます。立ち泳ぎをしながら、おしゃたか舟を前方に放り投げます。
放り投げる時に、「おしゃたか。おしゃたか。」と言って投げます。おしゃたかとは、神様がいらっしゃいましたとの意味だそうです。
  

港の出入口まで来ると、数隻の船に引き上げられていきます。
そして、船団は「赤石」方面に向かいます。明石港を出ると、東に明石大橋が見えます。目的地は西です。
 

明石という地名の昔話があります。
狩人の夫婦が住んでいました。狩人の夫は、小豆島に住む美しい女の人に恋をしてしまいました。
毎日のように、大ジカの背にまたがって海を渡り通いつづけました。狩人の妻は夫が死ぬ夢を見ました。
そこで、もう小豆島へは行かないでくださいと願うも、夫は、大ジカに乗って出かけてしまいました。
林崎の沖合いまで行った時、丘の上にいた狩人が大ジカを見つけ、矢を射ました。
矢は大ジカに当たり狩人もいっしょにおぼれて死んでしまいました。
大ジカの血が赤石となって、「あかし」の地名が始まったとされています。

赤石は、松江海水浴場東約150Mの海岸から、沖合い15Mの海底に沈んでいると言われています。
赤石付近の海上で、海上渡御式がおこなわれます。これを実際に見るには船で直接に行くしか無理です。
船が出て、戻ってくるまで30分程度です。そして港の祭壇で神事があり、岩屋神社に戻っていき直会で終了です。

海上での海上渡御式を実際に見られる場合、一応、報道関係者用の船があり、この船に一般のカメラマンさんも同行が出来ます。
ただし、直前の乗り込みは出来ません。したがって、海に入る直前の様子は撮れないかも。※人数が多いと無理ですが…


2010年に行われた「おしゃたか舟神事」の様子です。

〜岩屋神社の行き方〜
JR・山陽「明石駅」下車、徒歩10分。

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