義士法要(西方寺)

12月14日に西方寺で義士法要が13:30より行われます。(京都:12月の行事)
元禄14年(1701)、赤穂藩主浅野内匠頭長矩が、江戸城松の廊下で、吉良上野介義央に刃傷に及んだ。
徳川幕府が両名に示した内容は、吉良上野介義央は辞職に。浅野家はお家断絶、長矩は切腹。
赤穂の国から山科に隠棲した元家老の大石内蔵助良雄は、お家再興を願いつつも叶わぬことから、
藩主の無念を晴らそうと吉良上野介討ち入りを決意しました。

西方寺では赤穂浪士・小野寺一族の御霊を迎え法要が行われます。
小野寺一族(小野寺十内・小野寺幸右衛門)・岡野金右衛門・大高源五。この四名の追善法要です。
今年は西方寺の住職さんがたおれられたとの事で、檀家さん等に通知がなかったようです。
そして、例年に比べひっそりと副住職さんによって行われました。
本来は、金戒光明寺から修行僧が6名ほど来られ、祭壇のまわりを散華しながらまわるのだそうです。
西方寺に行き、法要の撮影の事を伺うと堂内は撮影が禁止との事なので、撮影はしませんでした。


法要では順次、出席者さんが焼香を。左右の焼香台は一般の人が。祭壇には、この後の琵琶奉納者さんが。
約、30分強で法要は終了します。
この後に、琵琶の演奏奉納があります。が、準備などの為、しばし休憩。抹茶と菓子がいただけました。
墓所には、小野寺一族の墓が…ここで焼香を…廊下には木魚も…
  

準備が整うと筑前琵琶奉納演奏が。奉納演奏は撮影が可能だと言う事で撮影しました。
「都落ち・屋島」どちらも平家の物語です。そして赤穂浪士から「大高源五」です。
  

琵琶奉納演奏が終わったのが法要が始まってから2時間後。イス席で暖房もあり、ゆったりくつろげました…

堂内の法要は撮影禁止になっていますが、一部のホームページやブログに載せられているようです。

2011年に行われた「義士法要」の様子です。

〜西方寺の行き方〜
市バス「東山仁王門」下車。

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