祇園祭(京都)

祇園祭は7月1日〜31日にも及ぶ祭で、期間中に色々な行事が行われます。

祇園祭は京都の三大祭の一つで、京都で一番大きな祭です。祇園祭が近づくと京都人は何かワクワクしてきます。
祇園祭の一番のメインが17日・24日の山鉾巡行です。山や鉾が33基、街中を巡行します。
  

この祇園祭に過去3度、参加しています。祭を見る側・祭をやる側、それぞれの立場がほんの少しだけ分かります。
祇園祭の巡行で、どこが見頃ですかってありますが・・・
順当的な答えは、鉾が角をまわる(四条河原町・河原町御池)、辻回しと呼ばれるところが見頃です。
それと、くじ改めの場所も見頃です。各山や鉾が立ち止まってパフォーマンスを繰り広げます。
後は、有料場所の御池通(市役所前)です。これが、一般的な答えだと思います。


祭に参加して、一番の見頃は、スタート地点がいいなって感じました。
各山や鉾が、至る所からあらわれます。北から鉾が・・・南から鉾が・・・同時に進んで来たり・・・

巡行すると一列に進みますが、このスタート地点には各山や鉾が幾重にも並んでいます。
後は、御池通の巡行が終わって、細い道を南下する所も、鉾や山が間近に見られます。家々の屋根と触れ合うぐらいの所を進んで行きます。

2017年の巡行順が2日のくじ取り式で決まりました。
さきの巡行
長刀鉾
占出山
孟宗山
霰天神山
函谷鉾
伯芽山
四条傘鉾
芦刈山
月鉾
10
山伏山
11
油天神山
12
太子山
13
鶏鉾
14
木賊山
15
綾傘鉾
16
蟷螂山
17
菊水鉾
18
白楽天山
19
郭巨山
20
保昌山
21
放下鉾
22
岩戸山
23
船鉾

あとの巡行 24 橋弁慶山 25 北観音山 26 鯉山 27 役行者山 28 八幡山
29 南観音山 30 鈴鹿山 31 浄妙山 32 黒主山 33 大船鉾

赤字はくじ取らずです。くじ取らずとは、最初から順番が決まっています。

山鉾巡行のコース
17日:各山鉾町−四条烏丸(スタート地点)−くじ改め−四条河原町−河原町御池−市役所前−新町御池−各山鉾町
24日:各山鉾町−烏丸御池(スタート地点)−くじ改め−市役所前−河原町御池−四条河原町−四条烏丸−各山鉾町

17日の山鉾が通る目安の時間です。四条烏丸9:00出発・新町御池13:00頃。
24日の山鉾が通る目安の時間です。烏丸御池9:30出発・四条烏丸11:50頃。


祇園祭の山鉾は、現在33基あります。この山鉾の形態は5種類に分けられます。
長刀鉾・函谷鉾・鶏鉾・菊水鉾・
月鉾・放下鉾・船鉾・大船鉾
鉾の上に真木が立ち、その上にそれぞれの鉾の特徴を表しています。
鉾の上には囃子方が乗り込みます。生稚児及び稚児人形が前に見られます。
※船鉾は真木も稚児人形もありませんが、こちらに分類されます。
綾傘鉾・四条傘鉾 傘鉾は祇園祭の最初の頃の流れを残しています。棒振りが特徴です。
岩戸山・北観音山・南観音山 鉾と形は似ていますが真木がなく真松になっています。稚児人形は乗せません。
その他の山 鉾とは違い、担いでいきます。現在では車がついています。
山には御神体を乗せて、神話や史話の一場面を表しています。
山には松を飾られています。※太子山は松ではなく杉です。
鷹山・布袋山 こちらの山鉾は現在のところ、火災や町の事情などで復興されていません。
最近になり囃子方などは現存しているようです。


鉾の一覧
函谷鉾:
かんこほこ
菊水鉾:
きくすいほこ
月鉾:
つきほこ
鉾の名は、中国戦国時代に斉の孟嘗君が
家来
の鶏の鳴き声により函谷関を開けさせて
脱出でき
たという故事によるとされています。
真木の「天王
座」には孟嘗君、
その下に雌雄の鶏をそえていま
す。
町内にあった菊水井戸にちなんで
名付けられて
います。
鉾先には金色の菊花をつけています。

真木の「天王座」には
彭祖像を祀っています。
鉾先に新月をつけているので、
この名で呼ばれています。
真木の「天王座」には
月読尊を祀っています。
長刀鉾:
なぎなたほこ
鉾先に疫病邪悪をはらう長刀をつけています。
この鉾は、くじ取らずで巡行の先頭を行きます。
生稚児が乗る唯一の鉾です。
真木の「天王座」には
和泉小次郎親衡の衣装着の
人形を祀っています。
鶏鉾:
にわとりほこ
船鉾:
ふねほこ
放下鉾:
ほうかほこ
中国の堯時代に天下がよく治まり、
訴訟用の太
鼓も用がなくなり鶏が巣を
作ったという故事による
とされてます。
真木の「天王座」には
海上航海の
神である
住吉明神を祀っています。
神功皇后の説話によって、
鉾全体を船の形にし
ています。
先の巡行の最後をつとめます。
鉾なの
に真木がなく、
鉾の上には神功皇后と
三神像を
祀っています。
鉾先は、
日・月・星三光が
下界を照らす形をしています。
鉾の名は真木の「天王座」には
放下僧を祀ってることによります。
綾傘鉾:
あやがさほこ
四条傘鉾:
しじょうかさほこ
大船鉾:
おおふねほこ
傘鉾の一つで、
大きな傘と棒ふりばやしの行列で
す。
棒ふりばやしは赤熊を付け、
棒を持った者が
鉦・太鼓・笛に
合わせて踊ります。
綾傘鉾と同じ形態の傘鉾の一つであります。
の上には御幣と若松を飾っています。
後祭の巡行の最後を
つとめていたのは大船鉾でした。
大船鉾は「凱旋の船」とも呼ばれ、
船鉾と同様の鉾だといわれてます。

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山の一覧
岩戸山:
いわとやま
北観音山:
きたかんのんやま
南観音山:
みなみかんのやま
天照大神の岩戸隠れの神話から
取材したもので、

天照大神・手力雄命の
ご神体を祀っています。
前は山であったので、
真木のかわりに屋上に松を
立てています。
後祭の先頭をつとめるので
上り観音とも呼ばれ
ています。
楊柳観音像と
韋駄天像を祀っていま
す。
後祭の最後をつとめるので
下り観音山とも呼ばれています。
楊柳観音像と脇侍の
善財童子像を祀っています。
芦刈山:
あしかりやま
油天神山:
あぶらてんじんやま
霰天神山:
あられてんじんやま
故あって妻と離れて
難波の浦で芦を刈る老翁が、
やがて妻との再会をはたす
夫婦和合の姿をあらわ
しています。
油小路通にあり、
朱塗の社殿に天神像を安置
してあり、
この名で呼ばれています。
京都に大火があったとき、
霞が降り猛火は消えたが、
その時に天神像が降ってきたので
それを祀ったのが起こりだとされてます。
占出山:
うらでやま
役行者山:
えんのぎょうじゃやま
郭巨山:
かっきょやま
神功皇后が、
肥前の国松浦で鮎を釣って戦勝の兆とした
故事によるとされています。
修験道の祖、
役行者が一言主神を使って
葛城と大峰の間に
石橋をかけたという伝承によるものです。
中国の史話で、
巨山が黄金の釜を掘りあて
母に孝養をつくしたという
故事によるとされています。
黒主山:
くろぬしやま
鯉山:
こいやま
浄妙山:
じょうみょうやま
歌人の大伴黒主が桜の花を
あおぎながめている姿

あらわしています。
中国の龍門の滝をのぼる
鯉の勇姿を
あらわし
ています。
宇治川の合戦で、
三井寺の僧兵の筒井浄妙と
一来法師の奮戦の一瞬を
あらわしています。
鈴鹿山:
すずかやま
太子山:
たいしやま
蟷螂山:
とうろうやま
伊勢の国の鈴鹿山で、
人々を苦しめた悪鬼を退治した
鈴鹿権現を女人の姿で
あらわしています。
聖徳太子が四天王寺建立にあたり、
自ら山中に入り
良材を求めた所伝により
聖徳太子を祀っています。
「かまきり山」ともいわれ、
かまきりと御所車の車輪が動くなど
山鉾の中で唯一、
からくりが施されています。
木賊山:
とくさやま
伯牙山:
はくがやま
白楽天山:
はくらくてんやま
わが子を人にさらわれて、
一人信濃国伏屋の里で

木賊を刈る翁を
あらわしています。
中国の周時代に
琴の名人伯牙が
友人の鐘子
期の死を聞いて、
その琴の弦を断ったという
事によるとされてます。
唐の詩人の白楽天が道林禅師に
仏法の大意を問う場面を
あらわしています。
橋弁慶山:
はしべんけいやま
八幡山:
はちまんやま
保昌山:
ほうしょうやま
弁慶と牛若丸が五条大橋で
戦う姿を
あらわしています。
八幡宮を山の上に勧請したものです。
正面の鳥居には鳩二羽が向い合い、
社殿は総金箔です。
平井保昌が、
和泉式部のために紫宸殿の紅梅を
手折ってくる姿を
あらわしています。
孟宗山:
もうそうやま
山伏山:
やまぶしやま
筍山とも呼ばれ、
病身の母を養う孟宗が雪の中で

母の欲しがる筍を掘りあてた姿を
あらわしていま
す。
ご神体の山伏は、
八坂の塔が傾いたときに、

法力によってなおしたという
浄蔵貴所の大峰入
りの姿を
あらわしています。
鷹山:
たかやま
布袋山:
ほていやま
記録では「鷹つかい山」の名前があり
鷹匠と犬飼
いとが立ち、
後方に樽を背負った従者が座り込ん
でいる
三体の人形を中心に祀っていたそうです。
記録にもほとんど残っていないために、
山がど
のようなもので
あったかわかっていません。
袋は七福神の一人なので
縁起ものの山だとい
うことです。


稚児
山鉾巡行の先頭を行く長刀鉾だけが、生稚児を乗せています。昔は船鉾以外の鉾にも、お稚児さんが乗っていたのですが、今では人形になっています。
長刀鉾の稚児は10歳前後の男の子で、家庭・資性・健康などを考慮して、その年のお稚児を選びます。
稚児に選ばれた者は、祇園祭の期間中は多くの儀式や舞のけいこを行います。
7月13日に稚児は八坂神社で位貰いの式が行われ、稚児は五位少将の格式を授けられます。これは十万石の大名の格式と言われています。

ちまき
昔、天王が旅をした時、一夜の宿をお願いした時に巨旦将来は拒んだのに対して貧しい蘇民将来は快くもてなした。
その報いとして天王は巨旦将来を滅ぼし、蘇民将来の子孫には疫厄を免じたという。
その目印として茅の輪を腰につけさせたのが、ちまきのおこりだと言われてます。

以前は、鉾の上から粽を見物人に投げていたのですが、粽を取ろうと鉾の近辺に来られるために現在は投げちまきは行っていないと思います。
この粽は、中身は空っぽです。家に持ち帰り玄関先に結ぶと疫病退散として効くとか。

護符
護符とは、山や鉾の御神体にまつわるお守り札で、14〜16日の3日間だけ売り出されます。特に、祇園祭の晩には子供達がお守りを売るときに唄います。
「縁結びのお守りは、これより出ます。常は出ません。今晩限り・・・」
「聖徳太子、智恵のお守りは、これより出ます。御信心の御方さまは・・・」
「○○どうですか。○○どうですか。○○どうですか・・・どうですか。」
この様に、売られている山鉾により唄も違います。

護符が売られている山鉾はこちらです
占出山(安産)保昌山(盗難・縁結び)木賊山(迷子)油天神山(進学成就)霰天神山(火災)太子山(智恵)鯉山(立身出世)役行者山(疫病)船鉾(安産)

祇園祭の期間中にしか発売されない和菓子

14日〜16日:占出山「吉兆鮎」   16日限定:柏屋光貞「行者餅」   祇園祭期間中:「稚児餅」や「祇園ちご餅」

早朝の山鉾です。
岩戸山
函谷鉾
菊水鉾
北観音山
月鉾
長刀鉾
鶏鉾
南観音山
船鉾
放下鉾
大船鉾

山鉾には、上に上れる拝観券が存在します。一般的には山鉾町のちまきなど入手すれば入る事ができますが、
他に山鉾の曳き初めの時にも拝観券がゲットできます。(月鉾・長刀鉾・船鉾・大船鉾)



主な祇園祭の行事と、たまたま撮った行事を載せています。全部の行事を撮るつもりがないので、後は、御自分でお調べ下さい。
この他にも、祇園祭の行事は存在します。なんたって、1ヶ月にも及ぶ祭りですから。早い祭事でしたら、6月下旬から行われています。
※祇園祭の奉納行事は日時が変更になったり、中止になったりする場合があります。
祇園祭の主な行事(1〜31日)
1日
長刀鉾町お千度 八坂神社
2日
くじ取り式 京都市役所
5日
稚児舞披露 長刀鉾会所
7日
綾傘鉾稚児社参 八坂神社
10日
お迎え提灯 八坂神社〜市役所〜四条御旅所〜八坂神社
神輿洗 八坂神社〜四条大橋〜八坂神社
10-13日
鉾建(前祭) 各鉾町
12日
山鉾の曳き初め(前祭) 各山鉾町
12-14日 山建(前祭) 各山町
13日
山鉾の曳き初め(前祭) 各山鉾町
稚児社参 八坂神社
久世駒形稚児社参 八坂神社
15日
斎竹建て 四条麩屋町
宵々山(前祭) 各山鉾町
包丁式 八坂神社
伝統芸能奉納 八坂神社
15・16日
屏風祭 各山鉾町
15-24日 井戸開き 御旅所
16日
献茶祭 八坂神社
護摩供養 山伏山
豊園社御真榊神事 洛央小
宵山(前祭) 各山鉾町
神賑行事 四条花見小路付近
祇園祭宵宮神賑奉納 バカラ祇園パーキング前
石見神楽 八坂神社
日和神楽 山鉾町〜八坂神社
17日
山鉾巡行(前祭) 四条烏丸〜市役所〜各山鉾町
神幸祭 八坂神社〜氏子地区〜御旅所
17-21日 山鉾建(後祭) 各山鉾町
20日 山鉾の曳き初め(後祭) 各山鉾町
21日 山の担ぎ初め 橋弁慶山
宵々山(後祭) 各山鉾町
23日
献茶式 八坂神社
オハケ 御供社
琵琶の奉納 八坂神社
護摩供養 役行者山
宵山(後祭) 各山鉾町
日和神楽 山鉾町〜八坂神社
あばれ観音 南観音山
24日
花傘巡行 八坂神社〜市役所〜八坂神社
還幸祭 御旅所〜氏子地区〜八坂神社
山鉾巡行(後祭) 烏丸御池〜市役所〜各山鉾町
25日
千団子 御供社   ※時間の変更あり
奉納狂言 八坂神社
28日
神輿洗 八坂神社〜四条大橋〜八坂神社
29日
神事済奉告祭 八坂神社
31日
夏越祓 疫神社
祇園祭の主な行事(1〜31日)

祇園祭の山や鉾を独自の山鉾町で保管をするのが困難になってきているので、
山鉾町によっては、保管する場所を円山公園でしています。扉の上には山や鉾の名前が


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