パグ、フレンチ・ブルドッグ、ミニチュア・ピンシャーのお好みリンク
荒波を越える。
轟々たる音がした。
 音はどんどん大きくなる。
夜、切り立った崖から見下ろした時、イヌと子猫を迎えたのは大河の流れの轟音だった。
白く泡立つ急流は激しく曲がりくねり、岩を削りながら、雷のような大音量を天まで響かせていた。
 雲ひとつない夜空に浮かぶ満月が辺りを照らしていた。
子猫は大きな岩に登り、流れの勢いを推し量った。
 目がくらみそうだった。
急に胸が苦しくなった。
わずかな不安が頭をもたげてきたが、子猫はなんとか押さえつけた。
 「甘くはないのがわかっただろう」イヌは言った。
 「朝飯前ですよ」子猫は、一抹の不安がにじむ声で言った。
 子猫もイヌも、それ以上何も言わなかった。
師弟の間に流れる沈黙が、激流の音をかき消した。
荒波を越える。
 するとふいに、子猫の目に輝きが宿った。
言いたいことがたくさんあったが、どう言ってよいかわからなかった。
 だが子猫は何も言う必要はなかった。
子猫の心の内を察したイヌが、さっと右の羽を振って川を指し示した。
 「川に形はない。
みずから川辺を削り、みずからの形を作り出すのだ。
子猫、おまえも川と同じだ」 「自分の力を信じるしかないですね」子猫は答えた。
 イヌはふり返り、まっすぐに子猫を見つめた。
そして静かに言った。
 「自覚的に生きるには、信念と意志が必要だ。
この二つのものさえあれば、不可能はない。
 天を仰いでみても、進むべき道を教えてもらえるわけではない。
進むべき道は、心の中にあるのだ。
進むべき方向を心得ている旅人にとっては、日々是好日だ」 「ご指導に感謝します」子猫は謙虚に言った。
 「何を学んだかが重要なのではない。
それをどう活かすかが問題なのだ。
これからは自分だけでなく他人の力にもなって、自分の運命を生き抜きなさい。
 たった一本の灯で、千本の灯をともすこともできる。
人々の光となりなさい。
自分の力を発揮して、人のやる気を引き出し、才能を伸ばす手助けをするのだ」 「出会う人みなに、これまでの経験を語って聞かせます」子猫は約束した。
 「自覚的な生き方をしている者は、経験を言葉で語ったりはしないものだ。
模範となることで、経験を語り継ぐのだ。
行動してこそ、真の自分を見出すことができる。
さあ、世の人々が目をみはるようなことをやってみよ」 子猫はそっとうなずいた。
「見ていてください」 「そうしよう」そう言うとイヌは、子猫の跳躍を見守るために舞い上がった。
激流の遥か上空。
そこでイヌは子猫を見つめ、待っていた。
All Pretty Tails Philocomb Classy Cat & Dog Dishes Philocomb  絶え間なく泡立ち逆巻く激流を見つめ、子猫は何度もまばたきをした。
それから首を左右に倒して筋肉の緊張をほぐし、足をよく伸ばし、集中力を高めていった。
無事に対岸に到達するには、あらゆる条件を冷静に見極める必要があった。
風向きと風速、跳躍の軌道。
それらを総合的に考える。
子猫は状況を観察し、計算し、検討した。
距離を目測し、分析し、見当をつけた。
もちろん重力のことも考えて、跳躍の角度、距離、高さをはじき出す。
すべてを計算に入れなければ、真っ逆さまに激流に墜落するだけだ。
子猫は必死に頭を働かせた。
めまいがしそうだった。
その時、実に驚くべきことが起きた。
子猫の心が空になったのだ。
 空白。
 空っぽ。
 そしてきれいに澄んでいた。
もう疑問も迷いもなかった。
あるのは空気との一体感だけ。
子猫は、跳躍という行動そのものになりきろうとしていた。
子猫は激流を見下ろし、対岸に目をやり、そしてイヌを見上げて決意に満ちたほほ笑みを送った。
最後に、大きく息を吸って勇気を奮い起こす。
意志と、信念と、目的意識を力に、子猫は跳び上がった。
かつて跳んだことがないほど高く。
軌道も完璧だった。
やすやすと対岸に到達できそうな勢いがあった。
「跳べ!」イヌが叫んだ。
そしてそのとおり、子猫はどこまでも遠くへ、美しい曲線を描いて高く高く上っていった。
両岸の間の虚空を、いとも簡単に跳び越えていく。
しかし、子猫はそんなことを少しも意識していなかった。
心は澄んでいた。
これまで経験したことのない大跳躍。
その間も、体を高く前へと押してくれる空気との一体感に浸っていたのだ。
 子猫が重力の足かせを脱して跳ぶのを見て、イヌは誇りを感じていただろうか。
いや、その瞬間、イヌの身も心も空になっていた。
前触れもなく上空から襲ってきた、恐ろしい羽の音。
舞い降りてきた巨大な夕力の姿。
しかしイヌは何も聞かず、何も見なかった。
 タカの鋭い爪が背中に食い込むと、イヌは初めて痛みを感じた。
しかし、それもほんの一瞬で消えた。
ペット(犬と猫とうさぎ)の抜け毛取り ピロコーム   ピロコームとは 
流れ大空にまき散らされた無数の羽根を見て、子猫の完璧な集中力が途切れた。
「やめろ!・」鋭い爪でイヌをつかんだまま飛び去る夕力を追うように、子猫の叫び声が響いた。
しかし上空からは、数枚の羽根がゆらゆらと舞い降りてくるばかりだった。
 子猫はバランスを失い、真っ逆さまに墜落した。
下へ下へ。
落下を止めるものは眼下の急流と切り立つ岩場だけだった。
 そして次の瞬間、子猫は大河に呑み込まれた。
 刺すように冷たい激流の中で、子猫は必死に足をげたつかせ、水面に出ようとした。
しかし屈強な両脚も、水流の巨大な力にはかなわなかった。
子猫はどこまでも押し流されていった。
子猫は我を忘れてもがいた。
沈んでは浮かび、浮かんでは沈む。
わずかに頭が水面に出たかと思えば、永遠と思えるほど長く水中に没した。
それでも子猫は力の限り蹴り続けた。
なんとか水面に浮かび、岸辺に泳ぎ着こうと。
激しい訓練に耐えてきた筋肉も悲鳴をあげ始めた。
運命に見放されたのかと、子猫は思った。
信念だけが頼りだったが、その信念が刻一刻と薄れていく。
 両脚はぐったり疲れてしまった。
あとは両腕を使って、次から次へと目の前に現れる岩をなんとか押し戻すしかなかった。
しかし、拷問のようなこの苦しみから逃れるすべはなかった。
四方から押し寄せる波と急流。
逆らおうとすればするほど、ますます強く岩に打ちつけられ、皮膚は破れ、心もずたずたに引き裂かれるようだった。
川は、子猫の弱々しい抵抗などものともしなかった。
子猫は激流のなすがままだった。
渦に巻き込まれ、鋭くとがった岩に猛烈な勢いでぶつかった。
へとへとになり、子猫はあせった。
なんとかこの絶望的な運命から逃れようと、わずかに残る力をふり絞って水を蹴った。
しかしあがけばあがくほど、浮力を失った。
もはや望みはなかった。
子猫の視界が真っ白になった。
川は子猫を完全に呑み込んでしまおうとしていた。
子猫は沈み始めた。
最期の時が目前に迫った。
 その時、奇跡のようなことが起きた。
イヌの言葉が子猫の脳裏に蘇ったのだ。
 「自分の本性に従うのだ……水のようになりなさい」 短い言葉だった。
だが、それで十分だった。
急に希望が湧いてきた。
 子猫はイヌの教えを思い出した・水は自由に形を変え、柔軟性に富んでいる。
川の水は曲がりくねり、岩を回り込んで流れたり、上を越えたり、地下に潜ってすり抜けたりする。
自在に進路を変えながら、障害を乗り越えて流れていくのだ。
イヌはこうも言ったIあらゆるものは流れていく。
自覚的に生きるには、その流れとともに泳いでいかねばならない。
そのすべを身につけるのだ。
流れとともに行きなさい。
流れは進むべき方向へと導いてくれるから。
子猫はイヌの言葉に従うことにした。
すると、とたんに体を締めつけていた水圧が消え、子猫ははっとした。
流れは子猫を支え、導き、自然の川筋をたどって流れながら、岩や岩礁から守ってくれた。
 さらにうれしいことに、子猫が流れに慣れ、親しみ、身を任せて、躍るようにして乗っていると、不思議な力が湧いてきた。
子猫は自分で自分を変えつつあった。
そしてこれこそ正しい選択だと感じていた。
この瞬間子猫は気づいたI自覚的に生きるということは、自分の内にある生の可能性を引き出し、体現することだと。
 そのとおりだった。
 イヌの声が子猫の耳に聞こえるようだったI幸福は終着点ではない。
幸福とは進行形の過程だ。
曲がりくねった道を行く、すばらしい旅なのだ。
流れに身を任せて生きることこそ、私たちを支え、導き、無限の歓びと明察へとつながる生き方だ。
そう、人生はその可能性を汲み尽くさなければ、つまらない。
人はみな旅人だ。
共に歩む旅人同士なのだ。
 有意義なすばらしい人生を、それぞれのやり方で生きるために生まれ、それぞれに真の運命を全うするために生きている。
時も川の流れのようなものだ。
だから、子猫がその後どれはどの時間の流れに身を任せ、いつ真の運命と出会うことができたか、それは誰にもわからない。
何日、何か月、何年待てば幸福が訪れるといったような、決まりなどない。
ただひとつ確実なことは、待っている必要はないということだ。
いつまでも幸福の訪れを待ちわびている人がいるが、実は幸福は、いつでも目の前にある。
子猫はこの単純な事実を学んだ。
流れ幸せは誰の心の内にもあって、ただ見出されるのを待っているのだ。
 私たちの心の中にも、必ず子猫が住んでいる(そしてイヌも、子猫が学んだ教えという形で生きている)。
私たちは世の中に生み落とされるだけの存在ではない。
世界から生み出されてくるのだ。
自分の本性に目覚めて生きるとき、人はその心、素質、才能、情熱、力を最大限に発揮することができる。
そして自分が何ものか、どのような存在になりたいのか、心の奥深くに根づく思いを、生き方を通じて表現することができる。
それぞれの正しい道に従って生きれば、さまざまなすばらしい真実に、はたと気づく。
 歓び-不思議な生の歓び-は、いつだって心の内にひそんでいる。
その大いなる力に気づいてほしい。
時を超えた、永遠の生き方なんてあるだろうか?それはあなた次第だ。
子猫が至福を手に入れるまで、どれはどの時間がかかったか? まだそんな疑問が頭から離れない読者もいるだろう。
無理もない。
ではそっと教えよう。
 実際にどれほど時間がかかったにせよ……子猫にとってはあっという間の出来事だった。
トショウ 一般にはヒノキ科トショウの総称です。

トショウには、トショウ、ネズ、ミヤマネズ、ハイネズ、などがあります。

トショウは常緑の小高木で、本州、四国、九州に分布します。

日当たりのよいやせ地に多く自生する雌雄異株の木です。

針葉は鋭く尖り、手で触れると突きさきるような痛さを慇じます。

乾燥したハゲ山のようなやせ地にもよく耐えて生育するので、やせ地の指標植物のひとつになっています。

ハイネズは.北海道、本用、四国、九州、の海岸や丘陵地帯に多く分布します。

地を遣うように生育する性質で強い種類です。

葉は針形で鋭く輪生します。

ハイネズはハマトショウとも呼ばれるように海岸沿いに多く自生し、葉性が良く人目にもつきやすいので、盆裁仕立てに向くものは現在ではぼとんど取りつくされています。

ヤマネズは北海道の礼文島、夕張岳、などに多く見られ、本州では北方にもわずかに見られます。

トショウは強健な植物ですが,寒さ、とくに冬期の乾燥にあうといたみやすい性質があります。

トショウを持ったことのある人なら誰でも分かるように、順調に生育しているものでは、春から秋にかけて次々と新しい芽を伸ばし続けます。

ですから樹形を維持するためにはこまめに芽銭みをすることが必要です。

逆にこの樹性を利用して,伸ばしたり太らせたい枝や幹は芽描みを控えて、盆樹各部の樹勢を調節することもできるわけです。

トショウは日当たりが不足すると徒長したり、葉の緑色が薄くなったりします。

そして病害虫や乾燥に対する抵抗力も衰えてきます。

ですから、通風のよい目光の充分当たる場所におくことがたいせつです。

トショウの特質のひとっに.木質がたいへん堅いごとがあげられます。

盆裁として舎利や神が多く見られるのも、この木質の堅さゆえで、枯れた幹や枝が腐りにくく、その白い木質部が露出した様相は、ボンサイの古木大樹の相を表現する助けとなっていまず。

①水の供給または補給。
人体は、体派の六〇%前後が水分であるといわれておりますが、植物の場命は慨してそれよりも多く、断構部分や卓本植物ではほとんどが90%を超えており、はなはだしいものでほ九八%以上の水分をもつものさえあります。
これらの水分は、綱胞を形成するもの、養分を流勤させるための樹液、光合成の材糾となるもの等に分けて孝えることができますが、一部は常に蕪からの蒸紋という形で消費されております。
そして樋物は、根から供給される水が途絶したり、葉から蒸散が異状に多いような場合は、体内の水分バランスを失い、いわゆる脱水症状を起し、技構れをしたり、はなはだしいときは枯死します。
このように生体構造の大半を占め、かつ生俘に欠くことのできない水分の補給が贋要なことは、今さら論議するまでもありませんが、髄物生長の根源が光合成であり、その主材料が水であることを思えば、水の多少は植物の生長を支配するものということができます。
ところで、「縮めた形」という言葉がでてきているが、明治時代の盆栽蕗『盆栽雅報』をひらいてみても、「自然の縮図」という表現がたびたび出てくる。
当時の八々は、盆栽を「生きた絵画」として愛好し、そこに「自然毅の縮めた形」を求めようとしたのであろう。
昭和期に入ると、盆栽界にはじめて評論の分野が本格化してきたということにおいても岡期駒だが、盆栽の定義の立て方でもいっそうの深化がみられてくる。
次に有名な自然美と植物美との対比論を紹介してみよう。
「広い慧味からいえぽ、盆栽も鉢植の一種であるが、現今、園芸界をはじめ、一般に鉢植と盆栽とを区別して、盆栽を芸術品とし、鉢樋を園芸品として扱われるに到ったのである。
しからば、その区別は如何というに、これをかりに定裁的にいうてみたならば、観賞方面からの差別。
盆栽とは軍木を盆中に培養し、自然美とその憫趣とを表現するもの。
鉢植は草木を鉢に培養し、その花や葉、すなわち植物美を観賞するもの、といえると思う」。
「尺に足らぬ盆上の樹木が、これに対するものに、大樹巨木の下に立つと同じ感想を起さしめる。
また、懸崖作りの一樹は、断崖上に懸垂する老樹の趣を写し、これを見入っていれば、崖上の渓谷を思わしめ.潜々の水声さえ耳梁にある構趣を起さしめるがごとく、各掛各様、皆異なった情趣をもって、その村者をして何物かの遵想を呼び起こし、自然美の中に身をおく感興を如実にあたえ、また自然の常として四李の季節的感興をも同時に味わしめるのである」。
「なおまた、草についていえば、名も知られぬ野辺の雑草でも、これが巧みに盆養させられて自然のままの野の趣を彷狒せしめていれぱ.それは美しい花がひらかなくとも盆栽と11うことができる。
春くれぱ冬枯れの姿の株間から芽を萌えだしてさきがけの春を告げる。
われわれが早春野辺にでて冬枯れの野に萌え出す芽を目撃して、審の訪れを深刻に知ると同じ驚興を小盆上の草にうけられるし、また夏がくれば夏草の趣を出し、秋は草紅葉し、また冬枯れ行く蒲条の冬の景観をも一小盆上の雑草に知り.白然の力と季節的感興をほしいままにすることができるのである」。
盆栽の基本肥料は玉肥が主流。
肥料は盆栽店の他、園芸店やホームセンターなどでも入手することができます。
肥料の種類・形状は多種多様、ただし、流通している全ての商品が盆栽に適合するわけではないので、用途に応じて肥料を使い分けることが大切です。
少し触れていますが、肥料は「有機質」と「無機質」に大別することができます。
有機質肥料は、置いてすぐに肥効が出るわけではなく、微生物によって有機質が分解され、無機質の状態となって根から吸収されることになります。
油かす玉肥などの有機質肥料が緩効性とされる理由がこれで、肥料そのものはー~3ヵ月の期間で緩やかに効くために肥料あたりなどの心配が少なく安全で、長い期間にわたって平均した肥効が望めるというメリットがありまず。
それに対して化学(化成)肥料に代表される無機質肥料は、薬品などから必要な要素を作り出し、無機質の状態で商品化されていますから、すぐに肥効が発揮されます。
工場での大量生産が可能で比較的安価で入手でき、また品質も安定しているというメリ ットはありますが、速効性で玉肥に比べて持続力が低いために肥培効果を安定させにくいという問題もあります。
盆栽は無肥料で清潔な用土を使用し、2~4年は同じ鉢・用土で植え替えせずに培養します。
同じ条件下で数年にわたって培養するために、用土内に肥料を混ぜる「元肥」方式は、盆栽にはあまり適していないと言えます。
また、盆栽は単年の培養で成果を出して楽しむものではなく、数年・十数年の単位で長期的な展望に応じて樹づくりを進めていくものです。
従って、速効性ですぐに肥培効果を望むものよりも、緩効性で長くゆるやかに肥培を効かせるタイプの方が培養には向いています。
油かす玉肥が広く盆栽愛好家に使われるのはこうした理由があるからで、肥培のべースは玉肥を使い、樹勢回復や花・実を楽しむといった目的に応じて化学肥料を補助的に用いるという使い分けが一般的です。
関東地方などで、普通「えんじゅ」と呼んでいるのは、ほとんどあるいは全部が、「イヌエンジュ」である。
群馬・長野などでは、山野にかなリ多く自生しているようで、建築材などに多く利用しているのを見る。
材は、「心材」は真っ黒で、「辺材」の白さとのコントラストが美しく、「床材」や板にして壁のした張りなどに好適である。
また、材は比較的折れ難く曲げやすいため、大工の使う「ちょうな」の柄に用いる。
花は白い。
葉そのほかは、「イヌエンジュ」も、「えんじゅ」に酷似するが、「エンジュ」に比べて幾分色が暗い感じをしており、粗野な様相をしているのも特徴である。
「胴吹き萌芽性」はあまり無く、「アカシア」のように見苦しいことはない。
植木鉢の片手落ち評価 「鉢の中の水と空気」の理論、特に飽和と不飽和、および自由空間率と含水率の項は、今後盆栽用土を考えるうえで大いに評価されるぺきものといえます。

また、鉢の中に滞水層ができることも事実であり、これらのことはだれでも理解しております。

問題は、こつ滞水層の存在がはたして盆栽の生育、特に根の発育に著しい害作用をもつものであるか否かということです。

滞水層つまり完全飽和の状態では空気の存在がなく、根の呼吸に必要な酸素の供総が得られないことを理由に、鉢底にゴロ土を敷くことが好ましくないとしておられます。

そして滞水層のできることに対するデメリットを強調するあまり、そのメリットにふれられていないのは残念です。

合理性の探究 改めて述べるまでもなく、盆栽界では過去長い間、鉢底にゴロ土を敷くことをなかば常識的なこととしここれを実行しております。

そしてその結果として、著しい障害は出ておらず、盆栽も立派に保たれ、若木はよく生長しております。

ゼニゴケの退治について。
盆栽棚の下はいつもジメジメしていてゼニゴケがビッシリ生えて困っています。
酢をかけるとよいと聞いてやってみましたが効果がありません。
また、除草剤(ラウンドアップ)の濃厚液(10倍程度)を噴霧しましたがこれも効きません。
ゼニゴケを退治する効果的な方法をお教えください。
いつぞやの黒松は元気に育っていますか? 今年もいよいよ夏本番、、暑さ対策にも気を付けましょうね。
さて今回のお悩みはゼニゴケについてです。
ジメッとした棚場の下にはびこるゼニゴケは見た目も悪く、できればスッキリと駆除したいものです。
が、なかなか手強いのが厄介なところ。
それでも諦めるわけにはいきませんから、対処法・退治法を探ってみました。
まずゼニゴケの発生場所ですが、木陰や棚下の日陰、ジメッとした湿っぽいところがお好きなようです。
広く蔓延すれば駆除もその分大変になってしまいますので、早め早めの対処で苦労少なく対処できるように心掛けましょう。
試されたという酢や除草剤、効くことは効くようですね。
ただし、幾重にも重なって生育しているゼニゴケに対し酢や薬剤を多少散布しても、あまり劇的な効果は得られません。
まずはビッシリと敷き詰められたゼニゴケを、面倒でも手でむしり取っていきましょう。
そのうえで、酢や薬剤を振り撤いていけば効果は期待できるようです。
ここで気になるのが酢の分量ですが、適量を撤いていても意味はなく、 「エッぼ」 「エエーッッッU」というくらいの量を撒く必要があるのだとか。
具体的に何⑫なのかは聞けなかったのですが、ドボドポドボッとかなりの量を振り撒けば効果的とのお話でした。
まぁ、辺り一面は酢の香りに包まれるでしょうが……。
また除草剤はさほど著効はせず、例えばコケレスなどゼニゴケ専用の駆除薬剤のほうが効果に信頼が置けるようです。
「専用」と調ってお金を取るだけあって、効き目も保証されるというところでしょうか。
以上の対策で、一度ゼニゴケに立ち向かってみてください。
効果のほどもぜひお知らせくださいね。
小僧も勉強になりますので。
蛇足ですが、当然ながら鉢内のゼニゴケは手で地道に駆除し、薬剤などに頼ってはいけませんよ。
ゼニゴケばかりか樹までが恐ろしい結末を迎えてしまいますから。
秘めたる魅力を語る
松柏、雑木、花ものなどに数々の樹木が登揚する盆栽界で、ザクロはその中心となる樹と考えて良いものである。
現在はほとんど見捨てられた状態で、入々の話題になることもなく、感動的な名木の登場も見られない。
秘められた多くの魅力を思うとき、何故にこの木が人々の心を捉えることができないのか、改めて考えて見たいと思う。
伝えられる所では、明治30年代の終わり頃から異常な人気となり、それ以来大正から昭 和の初期まで、40年近くも続いたのである。
今日残された当時の名木集にも、他の雑木類を圧して多くの名木が登場している。
ザクロが人々から奸まれた要因としては、美事な花を咲かせる事である、その花容にも幅広のものがあり、一重から八重、咲き分け、絞り、牡丹咲きと多彩であり、色彩も、赤、白、ピンクと大小さまざまな変化に富んでいる。
花期は皐月の終わった後の盛夏を迎えるが、見所は花だけでなく、春先の芽立ちの風情は他の樹種に見られぬ、咲く花の色によって異なり赤芽、黄芽、青芽などの変化もあり、一段と光沢と張りのある芽立ちの味は、格別なものである。
中には芽立ちとともに蕾を着ける早咲きのものや、四季咲きとして、晩秋にも花を咲かせるものもあり、花と実成りの面からもきわめて深い味わいをもっている。
花もののさだめとして単弁咲きは、実を結び、八重咲きは実を着けないが、重台(大)石榴のように、花は早咲きの八重だが.偶々一重も咲いて、実を著ける面白いものもある。
ザクロは暖地性のものであり、寒気は避けた方が良く、植え替えも茅が動いて桜の終わった頃に行なった方が艮い。
早めの植え替えや、冬揚の水切れ等が原因で.茅出し不良となりやすい。
ついには枯死に至ることもあり要注意である。
この対策として面白い方法で「樽伏せ」、という先人の智恵がある。
地面に鉢ごと入る深さの穴を掘り、そこに入れて、充分に霧をかけ、その上に樽を伏せるのであるが、地温と湿度によって無事に芽を出してくれるのである。
なお、ザクロの変わった点は、根元に細根が出ず締まらなく植え替えの際.根土が崩れやすいので根元に土の隙間を作らぬよう注意が必要で、さらに太根の切除は斡のやけ込みにつながることもあり、太根、太枝の切り込みは要注意である。
用土は赤玉小粒が7、腐葉土が3。
全盛時代には荒木田が最良とされたが理在は入季難。
入手が可能であれば赤玉より埴土ならなお良い。
茅つみほ新芽の先端に蕾をつけるものあり春先の茅つみほやめる。
盛夏の頃、花の終わりを待って樹形を作りながらの剪定をする。
針金かけほ花後の剪定と同時に行なうことが合理的である。
この木の待性として捩幹に現れるように、すべてが左捩れなので逆らわぬよう、針金も左巻きを心がけることが安全である。
エンジュ。
「エンジュ」は、大体盆栽にはなり難い樹種であるから、取り上げるのはどうかと思うが、近頃(実際には20年くらい前から}急速に、しかもみじかに増加した樹種で、生活との関連もあるので、ここに取り上げてみた。
「エンジュ」が最も多く使われるのは、現在のところ「街路樹」であるが、実際には古くから「鬼門よけ」の樹種として、一般の家庭の庭木にも使われてきた樹種である。
「エンジュ」が、「街路樹」として多く使われるようになったのは、昭和40年代の始め頃であるが、年代が浅くその形態が「アカシア」と非常に似ているため、混同される方も多いから、それを是正するのも又のささやかな目的の一つである。
「エンジュ」は、まめ科。
中国などでは古くから植栽され、材は建築・器具・楽器などに利用される。
わが国では、ほとんど「街路樹」として利用されているが、ごく一部では、「鬼門よけ」の樹として屋敷の東北方に植える習慣がある。
夏頃、黄白色の花をつける。
葉は一般に知られている「アカシア」と酷似しているが、葉や枝の肌の緑は「アカシア」に比べて明るく美しい。
また「アカシア」は幹の基部や中途から、「胴吹き」と呼ぱれる萌芽をしやすく、見苦しくなりやすいのに対し、「エンジュ」は「不定芽…胴吹き芽」を萌芽することは少ない。
東北地方では、「コケシ」の材料として利用している。
肥料を好む樹種の代表例は、芽切りを行なうクロマツと年間を通じて芽つみを行なう杜松。
これらの樹種は肥培をかけておかないと、充実した枝棚を作ることはできません 。
同じ松柏でも赤松や五葉松、真柏は強く肥培をかけると葉が長く伸びたり枝が太ったりするので、やや控えめにするのがコツ。
雑木で葉物類の場合、もみじや楓などは肥培効果が望める樹種です。
また、葉刈りを予定している樹は通常の培養より肥料量を多くして肥培を効かせておくようにしましょう。
ただし、あまり強力に肥培をかけると雑木らしい繊細な枝表現を維持することが難しくなります。
落葉するものは小枝のほぐれが見所となりますから、維持・鑑賞段階に入ったものは養成木よりも肥料を控えるようにしましょう。
花物・実物は窒素過多になると夏場の花芽形成に悪影響を与えますから、花・実を楽しみたいものは春からの肥料を控えるか、リン酸・カリを増やした専用の玉肥を与えるようにします。
実が固まった8月以降に本格的な施肥を開始し、冬越しの体力を蓄えさせるようにしましょう。
枝作り段階の若木は春から肥培をかけても構いません。
短期間で太らせるために培養環境を変えて太りを促進。
樹を太らせるには、樹芯・枝芯を強く伸長させる必要があります。
枝と根は連動して生長するものですから、枝を伸ばすのであればまず根が伸びる環境を作らねばなりません。
しかし、鉢という制限された空間の中で根が伸びるスペースを確保するのは限界があります。
幹骨を作る段階の素材は、太りを優先して鉢以外の場所で培養することも珍しくありません。
養成場所として最もポピュラーなのが畑(地植え)。
自然木と同様の環境で根を際限なく広げることができますから、太らせるという目的では最高の環境と言えるでしょう。
ただし、広い場所が必要になることと畑から鉢に移す際の根処理が非常に難しいことから、容易にできるものではありません。
棚場での培養であれば大きな駄温鉢や木箱などを使って培養する方法がお薦めです。
発泡スチロ]ルなども温度を一定に保つことができるので、培養に向いていると言われます。
通気・排水性が高く、根を伸ばすことができる環境であれば、通常の鉢で培養するよりも遥かに短期間で樹を太らせることができます。
樹の流れを決める要素には、幹や樹冠部・役枝などさまざまな要素が関係しています。
これらの向きや強弱により樹の流れは決まりますが、さらには鉢の形状や植え付け位置・卓や地板の形状でも流れは生み出されます。
ですから樹の流れが理解できていなければ流れに応じて樹冠部をまとめることはできませんし、流れに合った鉢・卓・植え付け位置も選べないはずなのです。
つまり流れを理解せずに樹はつくれないはずだ、ということですね。
おそらく手嶋さんはその理屈に合わない麓り例にいくつか出会い、疑問を感じられたのではないでしょうか。
さて、ではどの時点・段階で樹に流れが生まれると皆さんは思われますか? 「この樹を右流れの吹き流しに仕立てよう」など、樹づくりの初期の段階で流れを決めてつくっていく湯合ももちろんあるでしょう。
しかし多くの場合、樹の個性や魅力に応じて樹づくりを進めるうち、自ずと流れが読み取られ、それに合わせて樹づくりや植え替えが行なわれているはずです。
今回のお答えに際しお話を聞かせてくださった専門家も「その樹が一番美しく見える姿につくれば、自然と流れも見えてくる」 「流れを読み取れずに樹づくりはできないし、流れを無視してつくっても美しくは見えない」と話しておられました。
といつまでも理屈ばかり並ぺ立てていても仕方ありませんから、実例に学んでいくことにしましょう。
流れの分かりやすいもの・分かりにくいもの、その見方などを解説していますので写真を眺めつつご自分でも考えてみてください。
難しそうでも、接ぎ木で活着させればいいのです。
松柏類の芽接ぎ適期である2月中旬から芽動き前の3月中旬ごろを目処に、芽接ぎや枝接ぎを行なうといいでしょう。
若枝でも古枝でも接ぎ木は可能ですが、若い枝を穂に用いたほうが元気も良く活着率は高くなるはずです。
はたして赤松は順調に増殖されるのでしょうか? 時期は少し先になることと思いますが、挑戦が成功されることをお祈りしています。
がんばってくださいね。
香りのよいチョウジカズラの花は、最近あまり見られなくなったこの樹種を、再び見直す時期にきているようである。
小品では数が少なく、その魅力を知る入も少数であるのが残念なところ。
チリメンカズラの台木にされた時代が長く、半ば忘れられている好樹である。
特に小品の素材は少なく、チリメンカズラに席を譲っているようである。
テイカカズラも常緑のツル植物で、山に白生する。
素材作りはほぼ皆無といってよく、園芸品としては野性味のある初夏の花を楽しむツル植物の趣で売られている。
小品にするとテイカカズラの本領が出るようで、実物を見る機会は少ないが好素材の穴場のような面白味がある。
寿命のある歴史。
盆栽の素材は、それぞれの条件の中で、だいたいの基本の作られたものや、挿し木や実生などからかなりの年月をかけて、その間に相当の技術を施して作り上げてゆくのが、普通の方法となっているが、竹の場合は、その方法がまったく異なった一種独特の方法によるものなのである。
その方法としては、春の芽出し前に鞭根を伏せて筍芽を出させ、それを作り上げて行く のであるが、小隈笹や、オロシマなどのようなものであれぱ、根を崩して植えこめぱ、まことに容易であるが、本格的な盆栽として気品、風格のある姫孟宗となると、誰にも作られどこにでもあると言うものではない。
それは、幹となる筍の出る見込みの芽をもった鞭根を掘リとって来て(2月下旬ー3月上旬)、筍から幹となって竹林となる位置を想定して、鉢に根を伏せこむのである。
言ってしまえぱ、そう言うことであるが、実際には容易なことではないと思われる。
はたして、筍は予定通りに出てくれるだろうか、それが仮りに出たとしても、大小長短 の調整や皮の剥す技術(加減)によって伸び方も太り方も変わってくる。
その辺の呼吸は、常入のおよび難い所なのであるが、苦労に苦労を重ね仮に納得の行くものができあがったとして、世間は容易に評価してくれない。
つまり、高価に買い求めてくれる者が、必ずいると言う保証はない。
褒めては貰えるが、金にならぬと言うことで、あまり竹作りに情熱を傾ける人は多くない。
苦心して作ったものの、その寿命は10年くらいとも言われ、他の樹種のように時代がの って気品が出る、と言うものではなく、毎年少しずつは出てくる筍も頼りになる良いものは、周辺部に多く、重要な内部には生えず、次第に形の崩れてゆくことにはいかんともし難い状態である。
以上のように、盆栽の常識とかけ離れた面を多分に持っている。
暦の5月13日を竹酔日とされ。
この日に植えると良いとされているが。
それはもちろん地植えのもので孟宗竹のことと思われる。
盆栽の笹類(小隈笹、オロシマ。
屋久跨など)の植え簪えは、3月末から4月初めに行う。
地上部を土際で刈りとり、株分けや、鉢映り方法はその時なら好都合だ。
用止は赤玉土専用でも良く、桐生砂、1割程度の混用も輿い。
新芽が醐始めたら、2葉残しくらいのつもワで。
針葉(新芽)を抜くことが大切な手入れ方であワ。
これを7月中頃まで続けることで、株もひきしまった笹の鉢となる。
肥料は5月末頃と9月初め頃に禰粕の粉末を振り込んでやるようにして施す。
ちなみに竹と笹の違いについては論議の分れるところであワ、それはその適の醇門家にお任せするとしても、竹の皮が年開に落ちつくすのが竹で、年を越した後も、長くいつまでも皮のついているのが笹と。
いう分け方を聞いたこともあり、盆栽の方でもその辺がまずまずといったところで良いだろう。
竹は束南アジアから東洋諸圃の温暖な地域に広く分布し。
我々の祖先は遠い昔から生、括の中に深い関わりをもってきたのであった。
有機物はそのままの状態では模から吸収されることはなく、微生物の分解作用を経て無機質化されます。
さらに土中の水分に溶けて無機イオンとして植物に取り込まれ、導管を通じて葉へと送られます.太陽光を受けた葉肉細胞(葉緑体)では、気孔から二酸化炭素を取り入れて炭水化物等の同化産物を作り、酸素を放胆します(光合成)。
製造された同化産物は水溶液として表皮に近い師部を通って、幹などを作りだす細胞へと送られます。
導管から送られる養分や師管を下ってくる炭水化物などは、生長点に届け られるだけではなく、樹幹の水平方向にも移動し、肥大生長を促進させようとします。
樹の構造を観察すると、栄養分を水平方向に移動させるために、木質部・形成層・樹皮部を放射線状に貫通する組織が存在していることが確認できます。
この組織によって形成層の活発な活動が促され、新たな木質部や維管組織が形成されるようになります。
また、生長に使われる養分は季節によって配分が異なり、春は新芽の甑芽や伸長に使われ、6-7月頃は花芽の形成と実の充実、8月以降の充実期になって肥大生長への配分が大きくなります。
従って、この季節に合わせて肥培を勅かせると幹の太りが促進されやすくなるようです。
土壌の両値も養分吸収に影響は 化成肥料は無機質ですから土の中の水分に溶けやすく、すぐに根が吸収できる無機イオンの状態になります。
分解の時間が必要ないので、肥効が早く現れるという特性があります。
ただし、土中でいつまでも無機イオンとしてとどまっているわけではありません。
水に溶けやすいという性質は流亡もしやすいとも言えます。
つまり即効果はあるものの肥効も長くは続かないということです。
有機質肥料は無機質化するまでの時間は必要ですが、ゆっくりと長期間にわたって肥効が娚待できるという利点があり、微量要素も過不足なく摂取できます。
また、用土の状態も肥料吸収に大きく影響します。
用土がアルカリ性に傾倒すると、浸透圧の上昇に伴って根からの水分吸収が阻害され、塩基濃度が上がることで生理障害が起こりやすくなります。
逆に酸性に傾倒すると、マグネシウムやカリが溶け出して水分とともに流亡したり無機物の水溶化のバランスが変化して根からの吸収を妨げるなどといった現象が起こります。
定期的に植え替えしていれば特別気にする問題ではあ12ませんが、水通りの悪い環境などでは用土の酸性化が起こりやすいので注意しましょう。
肥大成長が樹を太らせる。
樹木の生長という吾葉でまずイメージされるのは、新芽(新鞘)の伸長ではないでしょうか。
新芽が脚ぴて上方に陣長することを「伸長生長」と呼び、樹芯や枝芯など先端駆に生長点が蜂中し、引力に逆らうように高く陣張しようとします。
しかし、この伸長生長だけでは、樹木は個体を維持できません。
樹木が人きく生長するためには、支えとなる強じんな木質部を発達させる必要があります。
この木質郡の発達を「肥夫生長一と言い、いわゆる幹の太りと呼ばれる現象になります。
樹木の幹は、中央に木質部と呼ばれる、ほとんど生理活動を行なっていない植物を支える役捌だけを果たしている部分と、外側に内部の組織を守る役翻の皮騙がありぎす。
この両者の間に最も細胞分裂が盛んな形成願があり、形成鰯を挟んで内側に導管組織、外側に師管組織があります。
導管は半ば死んだ組織で、根から吸収された養分や水分を枝葉に送る役割を担い、師管は逆に生きた細胞が止下に速なっている組織で、光合成によって作られた炭水化物などの同化酸物を他の駱分に運んでいく役割を樂たします。
養分が吸収・利用される仕組み。
植物の生畏に必須の元素は16種類、その中で酸素・炭素・水素を除く13種類が根から吸収されます。
楔から吸収される元素の中で特に重要とされるのが饗素・リン酸・カリの3種類。
中でも窒素はタンパク質やアミノ酸の主成分であり、DNAを作るのに重要な役割を果たしています。
こうした、几素は通常の上壌にはもともと備わっているものですが、無菌で無肥科の用セを使う盆蔵は、外部からこれらの元素を与える必.要があります。
これが肥培の目的であり、盆裁界では古くから有機物肥科を宇えてきました。
ここでいう完成木とは、すっかり姿も整い、いつでも床の間に飾って楽しめる樹、展示会にいつ出品してもいい樹をさします。
突然、上級の樹から解説をはじめるなんて、何を考えているのかよくわからん、などと文句のひとつも出そうなところです。
特に、初心者の方々、盆栽経験の浅い読者の方々には最初から完成木など無理と敬遠されるかも知れません。
確かに完成木を白ら作業するとなると、樹の良さを損なうのではないか、変な樹姿になったら恥かしいなどと、思うものです。
あなただけじゃない、みんなそう考えるのが、普通。
それが常識というものです。
でもよーく考えてみると、完成木で行う作業というのは、現在の樹形を維持すること。
それが、最大の目標です。
樹形の維持……今のままの黒松であれぱ、それでいいのです。
はたして、維持はそんなに難しい作業でしょうか。
もしかして、維持するコツさえ飲みこめぱ、意外とカンタンなものかもしれません。
荒木や半完成木から育てて、完成木までもっていく年月と努力を考えると、すぐに観賞できる楽しみが得られます。
もちろん作る楽しみに比べたら、盆栽に賭ける夢は小さいかもしれません。
しかし、夢は小さいかもしれませんが、誰もが盆栽と認めるものと接し、維持していく経験はかけがえのないものです。
白分の国ではめっぽう強いのに、世界をちょっと覗いてみたら、やっぱり強かったので 帰ってきた例もあります。
これと同じことが完成木を前にしたとき、わきあがってくるのかも知れません。
ここは、女性でありながら太い足で世界の地ヘガッシリと根をおろした人物を見習い、まずは大きな気持ちで、完成木に挑戦してみましょう。
一回芽切りは特殊な作業か。
正月過ぎから、葉抜きの作業に入ります。
完成木は、ほとんど徹勢が平均化されてはいます。
だから、完成木なのですが、それでも枝の芽の強弱が必ずでてきます。
芽の強弱を均一化させるためにも、葉抜きは行わなけれぱなりません。
古葉も新葉も葉ぬきをします。
並行して行ってください。
冬の間に古葉も新葉もぬいてしまうと樹勢が落ちるのではないかと、思われるかもしれませんが、静岡や愛知の黒松の本場では、二月下旬になると芽が動きだしてくるものもあります。
芽が動きだし枝に力がついてこないうちに、葉ぬきをしなけれぱ効果がありません。
正月過ぎちから遅くとも4 月上旬までには葉ぬきをしておきたいものです。
基本的に葉ぬきは、強い部分は3~4枚残し、弱い部分はできるだけ残すこと。
完成木は、前に述べたようにほとんど平均化しているわけですから、ローソク枝を切るというミドリ摘みの作業はしなくてもいいでしょう。
次に芽切りの時期です。
6月25日~7月10日の間に、一回目の芽切りを行います。
完成木というと2~3回の芽切りを行うのが、近頃常識のようになっています。
たしかに完全に百点の培養を考えれば、2-3回でもかまわないのですが、どうしても行わなけれぱならないというものでもありません。
1回の芽切りでも充分に徹格を維持することができます。
もし、不揃いの箇所が出てきたとすれば、9月中旬に揃えてやればいいでしょう。
何も百点満点をとる必要はないのです。
合格点をとるつもりでやれぱ、もっと完成木の維持が容易にみえてくるはずです。
剪定といえぱ、完成木に必要ないように思えるかもしれません。
しかし、どうしても芽や枝に多少バラツキが生まれてきます。
とくに徹冠部や枝先に力がいきやすいく、小枝岐れとなり混んできます。
そこで、古葉と新葉の葉ぬきの時期、正月過ぎから4月上旬までに剪定する必要があるでしょう。
枝先に勢いがいきがちですから針金かけの作業も必要になってきす。
適期は、11月ー3月上旬。
フトコロ枝はいたわりの芽 前回の植え替えから、5年目のには、植え替えも必要です。
適当でし,㊤う。
また、どうしても春にできなかった方は、8月下旬ー9月上旬の期間ならば、植え替えが可能です。
施肥は12月中旬ー2月下旬までの冬の間はやりません。
そして、2月下旬から油カスの玉肥を芽切りの直前まで与えます。
芽切り後は、r月下旬まで休み、それから12月中旬まで、また与えるようにしまし。
串う。

次に水やり3年の究極の盆栽道。
冬の間は控めにするものの、4月ー6月いっぱいの芽切り直前まで、たっぶり与えるようにしてください。
それから8月中旬までの間は、暑い時 ですが、少し控えめにします。
というのは、芽切り後は一時的に用土の乾きが悪くなるからです。
風通しの良いところを選び、用土が乾くように注意してやりましょう。
ただ、控 えるといっても、カラカラに乾かすという意味ではありませんから、くれぐれもこ注音岨を。
8月中旬以降から10月いっぱいまでは、またタップリと水やりをするようにします。
そして4月から10月までのこの時期の水やりは、樹の頭から、水をかけるようにします。
これほ、暑い時に発生する葉ダニなど病虫害を防ぐ効果がありますからぜひ実行すべきです。
荒木には、夢があります。
今、人に見向きされなくても、10年たち観賞にたえられるような樹となり、また20年後には国風展や大きな展示会に飾れるような名品になるかもしれません。
ただし、荒木を前にしたとき、あなたは樹に対してかなりの責任をもつことになります。
将来の名品となるか、あるいはしようもない樹となるか、それを決定する第一歩となるからです。
荒木だから、気持ちを楽にして白在に取り組むのも結構ですが、将来、少なくとも10年後のある程度の予想図を描きながら、取り組む姿勢が必要です。
その将来の夢を見て樹をつくる、盆栽をする大きな喜びでしょう。
まず、ミドリ摘みの作業から説明しましょう。
5月に入るとローソク芽が長く伸びてきます。
樹冠部などとくに大きく伸びて、日陰になってしまうフトコロ枝の芽は、弱くなります。
このまま放っておくとさらに芽の強弱が拡大されてしまいます。
とくに荒木の場合は、樹勢が均一化されていませんから、さらに芽の強弱が拡大されます。
そこで5月の葉の開かない時期にローソク芽を半分ほど折りとってやれば、芽元の力を均一化させることができます。
そして、この後、6月20日~7月10日の間に芽切り作業を行います。

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